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背景への関心
コピーしました コピーに失敗しました最近読んだ本に『名画の言い分』という本があります。著者は、木村泰司さんという、カリフォルニア大学バークレー校で美術史学を学んだ、新進気鋭の美術史学者です。
「美術は見るものではなく読むものである」というのが、木村さんがこの本の中で一貫して伝えようとしているメッセージです。
現代の日本では、やたらと美術を感性で見ようとする。好きか嫌いか、感動するかしないかという観点が横行している。しかし、西洋美術というのは、基本的に一定のメッセージを伝えるツールであって、その時代の歴史、政治、宗教観、思想、社会的背景を知らないと、その作品を十分に味わうことなど不可能である、と木村さんは言います。
例えば、ハンス・ホルバインという人が描いた「ヘンリー8世」という絵があります。ヘンリー8世というイギリス国王の肖像画ですが、ヘンリー8世は思いっきり正面を向いています。
何も知らないで見れば、モナリザのように顔に傾斜もないし、特段の背景もない。よくある肖像画であると思うでしょう。
実は、中世以来、肖像画で正面を向いて描かれても良いのはイエス・キリストだけでした。しかし、ヘンリー8世は離婚問題をきっかけに、ローマ・カトリック教会から離脱し、英国国教会を立ち上げます。そこで、政治的にも宗教的にも自分がトップであるということを示すために、これまでの慣習を打ち破った正面の自画像を描かせたというわけです。
このように、背景を知ると、目の前の絵の立ち現れ方はまったく変わってしまいます。
実は、人も全く同じです。
相対している人の背景を知って、その顔を、行動を見るのと、背景を知らずに見るのとでは、全く違ったものが立ち現れます。
先日、あるテレビ番組の収録のためのインタビューを受けました。
冒頭、「ズバリ、今企業の中で起きている最も大きな問題はなんでしょう?」という質問を受けました。
それに対して、「お互いの背景が見えなくなってしまっていることでしょう。その結果、上司や部下のちょっとした行動に反応し、翻弄され、高いストレスを被っているように見えます」と答えました。
社員旅行、社員運動会などのイベントは皆無となり、飲み会さえも悪者扱いされる。本来お互いの背景を知る機会として機能していた場が、どんどんなくなりつつあります。
背景がわからないところで、部下や上司を目の前の振る舞いだけでジャッジしようと思えば、どうしても良いか悪いか、自分の価値に合うか合わないかという判断だけが先走ってしまいます。 外国に行って、その地の歴史的背景、思想的背景をまったく知らずに、その国の人の行動を見るようなものです。ただただ、目の前の人の行動に翻弄されることになります。
急に旅行を復活させたり、運動会を、というのも無理があるでしょう。だから、日常の中でより相手の背景に関心を持ち、それを知ろうとするようなコミュニケーションが求められます。
上司は部下の背景にもっと関心を持つ。部下も上司の背景に関心を持つ。
・仕事に対するどんな考え方を持っているのか
・どんなことに価値を置いているのか
・これまでどんなビジネス人生を送ってきたのか
・どんな学生時代を過ごしてきたのか
・どんな成功やどんな失敗があったのか
言い方を換えれば、その人の背後にある物語に興味を寄せる。
ほんの少しでも、今以上に相手の背景に物語に関心を寄せれば、相手は理解不能なよくわからない人ではなく、意思を持った一人の人物として浮かびあがるはずです。その人と再び出会い直すことができるはずです。
コーチのそもそもの意味は「相手をその人が望むところまで連れて行くことのできる人」。「望むところ」は、単に組織目標だけではなく、その人が望む状態であったり、望むレベルの技術であったり、様々です。
おそらくその人の背景を知らずに、背景に関心を寄せることなく、そこに連れて行くことは不可能でしょう。コーチという役割を担う人には、間違いなく相手の背景への深い興味と関心が求められます。
忙しい中、時間は限られているかもしれませんが、試してみる価値はきっとあります。
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