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リスペクト
2009年07月01日
「コーチとして大事にしているスタンスは何でしょうか、教えてください」
よく講演や研修の質疑応答の際にいただく質問です。大事にしているスタンスは、本当は、いくつもあるのでしょうが、私にとっては、いつも思い出すのは、ある苦い失敗事例からの教えです。
今から9年前、私がまだコーチとして駆け出しだったころの話です。世間的にも、まだ「コーチング」の知名度が低いときですから、「経営者にコーチをつける」というのも、相当、珍しい時期でした。
そんなとき、あるメーカーの経営陣数名にコーチをつけるというプロジェクトが立ち上がったのです。新し物好きの創業社長は、「まずは、自らが受けよう!」と、真っ先に取り組んでくれました。
私が彼のコーチを担当しましたが、社員が驚くほどの効果があり、「社長はコーチをつけて変わった!」と反応も上々。また受けた本人にも大変気に入っていただいきました。
社長は私にこう言いました。「実は、このあと、コーチしてほしい経営陣がいるんだ」と。
聞くところによると、創業当時から数十年間も生産現場を引っ張ってきたという工場長Aさんでした。現場社員の間では「閣下」と呼ばれ、指示命令型のマネジメントで急成長を支えてきた人です。
社長は、こう続けました。
「Aは手強いよ。なかなか頑固だから。でも、これまでのマネジメント手法では、この会社の次の成長がないんだよ。ぜひ中島さんから、彼にも気付かせてやって欲しいんだよ。変わってほしいんだよ」
私の中では、社長からのこの強い期待を受け、もう頭の中では、「チェンジ!」一色でした。
「工場長に、いち早く気付きを与え、いち早く変わってもらわないとな!」
* * * * * * * * * * * * *
工場長Aさんとの、初回のコーチングセッションは、簡単な自己紹介のあと、業務上の課題などの話になりました。工場長は、私に対して、どこか正直に答えていないような感触がありました。
「まあ、すべて、うまくいっていますよ」
「個別にはいろいろ事情があるからねぇ。一概にはなんとも言えないよ」
私からの質問をはぐらかすような場面が続きました。
30分間、一向に話が具体化しないため、最後に私が感じたことを、Aさんに正直に伝えました。
「お話いただいたことはわかるのですが、私の質問に対してはぐらかされている感じがして、正直困惑しています」
しかし、それは少々、早すぎたフィードバックでした。
Aさんの口調は落ち着いているものの、明らかに「戦いのモード」へと急変し、極めて険悪な雰囲気のままセッションが終わったのです。
そのセッションの後、私はしばらく自問自答を繰り返しました。そして起こったことを、ノートに書き記していきました。
「具体性が見えない」
「捉えどころがない」
「柔軟性がない」
「本音を言わない」
「自分を変えようとしない」
こうして書かれたキーワードを見ているうちに、だんだんと憤りを覚え、最後には「来週は、さらに鋭く、フィードバックをすること!」と強い筆圧で書き殴り、ノートを閉じました。
どうしても抑えられない感情を、何とかしたいと思い、自分のコーチに電話しました。
機密情報もありますので、個人の名称など特定できない形での報告となりますが、一通り「高まる怒りの背景」を一気に説明しました。
正直、私はコーチから「大変だね、次回もどんどんフィードバックしていくといいよ!」と言われるもんだ、と思っていました。しかし、そんな予想は、大きく裏切られました。
「中島さん、なかなか大変なセッションでしたね。中島さんがクライアントの態度に頭にきちゃったのはものすごく伝わってきたんだけど、もしもよ、もしもね、そういったクライアントの態度を、中島さんが引き起こしちゃっていたとすると、何だったんだろうね?」
私は、後頭部をバットでガツーン! と殴られた気がしました。そして、一気に、身体の体温が下がっていくのを感じました。
工場長のあの態度を引き起こしたのは、誰のせいでもなく、すべて自分だ。
それからもう一度ノートを開きました。ついさっき書き殴った文字の一つひとつを、まったく違う視点で見ることができました。そして、すべてを読み込んだあと「赤ペン」で、さっきよりも強く、太く書き込みました。
「彼の今までの功績ってなんだろう?」
その瞬間に、今までAさんが考えてきたこと、やってきたことに興味がわいてきて、それを受け入れる覚悟ができました。
次回のセッションから、私が信念をもってとったスタンスは「彼の今までの功績を認めること」。これに尽きます。
Aさんの歴史を一つひとつ紐解くように、丁寧に、じっくりと聞く。まるで映画館のスクリーンにそれを映し出し、ふたりで眺めているようでした。
2回目のセッションから、急に私のスタンスが変わったのですから、きっと工場長はびっくりしたことと思います。3回目も、4回目も、丁寧に受け止め、理解しようとしていきました。でも、Aさんは淡々と、差しさわりのない表現でのやりとりが続きました。
こうしているうちに8回目のセッションのときです。
いつもは時間ぎりぎりに電話をくださるAさんが、このときは、5分前に電話をくださったのです。私はどうしたのかと思い、「今日は、いつもより早いですが、何かありましたか?」と聞きました。すると、彼は、こう言ってくれたのです。
「ちょっと、今日は、聞いてほしいことがあってさ。早く電話したんだけど、まずいかね?」
私にとっては、本当にうれしい瞬間でした。初回にやらかした私の失礼を、8回目にして、やっと、少しだけ許してくれたのではないかと思う出来事でした。
それ以降、Aさんは、部下との間に抱えている問題を具体的に語ってくれたり、「難しい」「困っている」といった感情を表現してくれたりするようになり始めたのです。
* * * * * * * * * * * * * *
コーチとクライアントには信頼関係が必要です。
信頼関係が生まれる前に、相手を変えよう! 動かそう! と躍起になっているうちは、相手も抵抗を示すはずです。
駆け出しのコーチだった私は、ちょっとばかりの成功体験と、強い期待を受けて、完全に図に乗ってしまっていたとともに、大事にするべきものを見失ってしまっていたようです。
「クライアントの過去に敬意を払うこと」
8年前の出来事は、コーチとして最も大事なスタンスのうちの一つになっています。
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