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人を動かす社長のノート

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「人の才能をどれだけ生かすことが出来ているか、という問題に、果たして何冊のノートを費やしていますか?」

これはパナソニックグループ創業者の松下幸之助氏が、1962年の講演でおっしゃった問いです。(※1)


数年前、エグゼクティブ・コーチングのクライアントとしてお会いしたNさんは、何冊ものノートに自分なりの人の力を引き出す方法を書き留めていた方でした。

Nさんは、日本の大手企業で経営企画や営業を担当された後、40歳代半ばで転職し、ある外資系の社長となりました。

社長就任直後の最初の役員会で、役員間の関係が悪く、社内の調整に多くの時間を割いている組織だと気づいたそうです。責任範囲や目標に向けた計画も曖昧に見えました。

そこでNさんは、本社から与えられている目標をもとに、各部の行動計画を詳細に作成し、それに向けて動くよう指示を出し続けました。これは前職で何度も成功を収めてきた方法でした。

しかし1年後、売上が前年比で大きなマイナスとなりました。失敗だったのです。

Nさんは、新入社員の頃からお世話になってきた前職の常務に、この状況を打ち明けました。その常務は「自分が最も話を聞きたくない相手から話を聞いてみたら?」と助言をくれたそうです。

そこでNさんは営業本部長に声をかけ、「目標を達成したい。あなたのアイデアを聞かせてほしい」と持ちかけました。

営業本部長はNさんに、「他の役員と一緒に、自分たちで一から来年の目標と行動計画を考えたい」と言いました。

Nさんは不安を感じました。我々が一から目標や計画を考えても、結局、後で海外の本社から与えられる目標に従って計画を立て直すことになってしまう。そんなことをしても、みんなのモチベーションを下げるだけではないか。

しかし、それでもみんなの意見を聞いてみたいと思ったNさんは、やってみることにしました。

「こんなことをやっても無駄だ」

この取り組みを行うことを伝えた際の、役員たちの最初の反応です。

ところが、実際に集まって話すと、次第にお互いにやりたいことを口にするようになりました。

この会議は、週末を中心に1ヶ月間続いたそうです。そしてみんなで立てた目標と計画を本社に提出しました。

しばらくして、その約2倍の数字が翌年の目標として本社から求められました。

Nさんは本社と交渉しましたが、結局、Nさんらはすべての計画を本社の目標に沿ったものに書き換えることになりました。役員から不満の声は出ましたが、不思議と皆、「本社の目標でやろう」という気持ちになっていたそうです。

その年の終盤に差し掛かった頃には、年間の売上目標にあと少しで手が届くほど、業績は回復していました。社員の表情も明るくなっていました。


しかし、年度末を待たずに、Nさんは本社から「クビ」を宣告されました。会社の業績は上向きでしたが、遅かったのです。

Nさんは「この経験が、目標や計画について深く考えるきっかけになった」とおっしゃっていました。

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一橋大学大学院の沼上教授らによる『組織の<重さ>』研究(※2)では、社内調整のために過剰な労力が割かれているような組織を「重い組織」と呼んでいます。

100を超える事業ユニットに対する調査の結果、「重い組織」ほど、次のような傾向がありました。

・上から下への命令や、下から上への意見が通りにくい
・利益率が低い
・達成感・成長機会が少ない

一方、「重さ」の程度が低い、いわゆる「軽い組織」には、次のような傾向がありました。

・全体計画を参照しながら業務を進めている
・昇進・昇給のインセンティブが明確に計画実現とリンクしている
・計画作成に当事者を参加させている

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その後、Nさんはいくつもの外資系の社長として成功を続け、昨年、ご家族の事情で社長業をリタイアされました。

リタイアされるまで、何冊ものノートに、社長になってから得た気づきを書き込まれていました。

Nさんは私に、次のようなことを教えてくれました。

「会社の考えを社員に尊重してもらう方法はたった1つ。社員の考えを尊重することです」

「目標や計画を立てるプロセスそのものを共有することが大切です。プロセスを共有していれば、人は最終的に自分の考えと違う目標や計画になったとしても、一緒にやろうという気持ちが強くなるものです」

「『こんなことをやっても無理』、『うまくいかないですよ』などと自分の信念を強くぶつけてくる社員がいたとしても大丈夫。『信念は持ったり手放したりできる持ち物のようなもの』。経験でいくらでも変えられる。そう信じることです」

私のノートには、Nさんに教えてもらったこれらの言葉が残されています。

<参考>

※1 『人生と仕事について知っておいてほしいこと』
(松下幸之助著、PHP総合研究所編 PHP研究所刊)

※2 『組織の<重さ>』
(沼上幹、軽部大、加藤俊彦、田中一弘、島本実著 日本経済新聞出版社刊)

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