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最後までやり遂げる

最後までやり遂げる | Hello, Coaching!
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いくつかの研究結果を見ると、リーダーの能力開発の7割は「経験」によってなされるものだとされています。(※1)

実際、私が行っているエグゼクティブコーチングでも、経営トップに「ご自身はどのようにして成長してきたと思いますか?」と尋ねると、過去の経験談がいくつも出てきます。

その内容は、神戸大学大学院の金井壽宏教授が述べられている通り、「本人がベストとして回想する経験でも、くぐっている最中は修羅場だったような経験が多い」のが特徴です。(※2)


先週、ある大手メーカーの副社長であるYさんに、「ご自身の成長に繋がった経験」を聞く機会がありました。Yさんが話してくれたのは、
・新規事業の立ち上げまで8年間、周囲から全く認められなかったときのこと
・海外駐在中、直属の部下全員が一斉に会社を辞めたときのこと
・工場長だったときに工場を閉鎖したときのこと
これらの経験が自分の成長にいかに繋がったのかを話してくれました。

Yさんは続けます。

「辛いことがあったとき、それを途中で投げ出さず、とにかく自分の中でケリがつくところまで"最後までやり遂げる"ことが必要なのです。その仕事が成功したか失敗したかにかかわらず、最後までやり遂げたという気持ちがあれば、あとで振り返って、"あの経験は自分の成長に繋がった"と言えるのではないでしょうか」

そこで私が、「最後までやり遂げるために、Yさんが大切にしてきたことは何ですか?」と尋ねると、次のように答えてくれました。

「まずスタートすること。一歩踏み出してスタートしてしまうということですね。わずか一歩でも、一旦スタートしてしまえば、最後までやり遂げられることが実は多いのです」


その日、Yさんの話が心に残ったまま、帰りの新幹線に乗っているとき、インターネットでたまたまサハラマラソンのことを知りました。

サハラマラソンは、サハラ砂漠を7日間かけて合計250km走るという「地球上で最も過酷なレース」と言われている競技です。競技中の食事は、すべて競技者自身が自分で用意しなければなりません。つまり競技者は、7日分の食料や飲み物、寝袋、炊事道具、衣服など合計約20kgの荷物を背負いながら、昼間は50度近くの気温になるサハラ砂漠を走り続けるのです。

1986年に第1回が開催され、第26回目の2011年は、42ヶ国から868名の参加があったそうです(※3)。競技中に命を落とす人も出るほどの過酷さで、毎年、全競技者の1割以上が途中でリタイヤしてしまいます。

しかし、驚くべきことに、スタート前にキャンセルする人の数は、レース中にリタイヤする人の数の10倍もいるそうです(※4)。大雑把に計算すると、申し込んだ人のうち、実際にスタートする人は約5割。スタートした人のうち、完走する人は約9割。この数字だけを見ると、「スタートからゴールにたどり着く」ことよりも、「まずスタートラインまでたどり着く」ことのほうがはるかに難しいことが分かります。サハラマラソンに参加したいと思いながらまだ参加に至っていない人や、何らかの事情で申し込みを直前で断念した人が、世界中に大勢いることを思うとなおさらです。


私達の脳は、そもそも「新しいことを始める」のが苦手です。新しいことを始めようとするとき、脳は自分自身を守るために「ある程度の恐怖心が起こるように出来ている」からです(※5)。つまり、私達人間にとって、「今やっていることを続ける」ことより「新しいことを始める」ことのほうが難しくなるのは、脳科学的に見て正常な反応なのです。

私達は、何かを「続けることが出来なかった」経験から、「継続は難しい」ということに目を向けがちです。

もちろんそれも事実の1つだとは思いますが、もしかすると、「ずっとやりたいと思っているのにまだやり始めていないこと」や、「やらなければいけないのにやっていないこと」の量に比べたら、「続かなかったこと」など、たいした量ではないのかもしれません。

人の成長のためには、何かを最後までやり遂げた経験は欠かせません。しかし、そもそもスタートしなければ経験は出来ないのです。

Yさんは私にも質問をしてくれました。「ところで最近、何に向かって一歩踏み出しましたか?」と。


<参考資料>
※1『経験からの学習-プロフェッショナルへの成長プロセス』
松尾睦(著)(同文舘出版刊)

※2『リーダーシップの旅 見えないものを見る』
野田智義(著)、金井 壽宏(著) (光文社新書)

※3「国境なきランナーズ」のHP
http://www.runners-wb.org/race/race01.htm

※4『自分を超える法』
ピーター・セージ(著) 、駒場美紀(翻訳)、相馬一進(翻訳)
(ダイヤモンド社刊)

※5『脳が教える! 1つの習慣』
ロバート・マウラー(著)、本田 直之 (監修)、 中西 真雄美 (翻訳)
(講談社刊)

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