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コミュニケーション『量』について考える

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あるメーカーで社長をされているSさんは、3年間で会社全体の会議を約50%削減することに成功しました。それが今の好業績にも寄与したと言います。

会議を削減するために、Sさんが「増やそう」と言い続けていることがあります。それは、「雑談」です。

数千人の社員に対し、 「自分の職場内はもちろん、組織の枠を超え、毎日ひとりでも多くの人と雑談をするように」と、会社全体のコミュニケーション量を増やそうとしているのです。

Sさんが目指しているのは、「すべての会議をなくし、雑談の中で仕事に必要なやりとりを完結する世界」だそうです。

Sさんの考えはこうです。

「会議の開催に合わせて組織が動くのは時間の無駄です。誰もが、必要なタイミングで、必要な人と話せば、仕事のスピードは速くなるはず。ただし、これを実現するためには、互いに信頼し、何でも言い合える『関係性』が必要です。そのような関係をつくり、維持するには日頃から『雑談』をしている必要があるんです。雑談も出来ない相手と、大事な仕事のやりとりができるはずがないですからね」

こんな論文があります。

ルネ・スピッツという精神科医が1945年に発表した「ホスピタリズム(施設病)」(※1) です。

スピッツは、3つの異なる環境で、子供たちの発達状況を調査しました。

(1)普通の家庭で育つ子供
(2)乳児院で養育されている子供
(3)罪を犯した母親とともに暮らす施設の子供

彼が追跡調査をした結果は驚くべきものでした。(2)の乳児院にいた子供たちの死亡率が、他の2つに比べて圧倒的に高く、3分の1以上が死亡、もしくは何らかの発達障害を引き起こしていたのです。

その理由は、すぐには分かりませんでした。子供の衛生面や栄養面は、他の2つと変わりなく満たされていたからです。

ところが、(2)が他と違っていたことが1つだけありました。 それは「コミュニケーションの量」でした。

(2)は、他の2つと比べて、子供をケアする人数が少なかったことで、コミュニケーション量が不足していたのです。

その後、子供の生存には「他者とのコミュニケーション」が必要であると考えられるようになりました。

理化学研究所脳科学総合研究センターの藤井直敬博士は、著書『ソーシャルブレインズ入門――【社会脳】って何だろう』(※2)の中で「ホスピタリズム」の例を出し、次のように述べています。

「自己の存続のために他者との双方向のコミュニケーションを必要とするのは、出生直後の子供だけでしょうか。おそらくそれは生涯続く基本的な欲求なのではないでしょうか」と。

Sさんが「雑談を増やす」という分かりやすいメッセージを使って、社内のコミュニケーション量を増やすことに成功しているのは、そもそも私たち人間が、「双方向のコミュニケーション」を基本的な欲求として欲しているからだと考えられるのです。

さらに興味深い研究結果があります。

ハーバードビジネススクールのTsedal B. Neeley教授らによる2010年の研究結果によれば、「大量のコミュニケーションが、仕事をより早く円滑に完了させている」というのです。(※3)

調査前、教授らはこのような大量のコミュニケーションを「時間の無駄」だと考えていました。

ところが、研究を進めていくうちに、対面、メール、チャットなどの方法にかかわらず、「意図的に大量のコミュニケーションをとる」人は、そうでない人と比較して、より早く、より円滑に仕事を進め、完了している傾向がある、ということが分かったのです。

しかも、「メッセージの明確さ」というコミュニケーションの「質」よりも、「どれだけ沢山か」というコミュニケーションの「量」の方が有効に機能している、ということも分かりました。

コミュニケーションの「量」がパフォーマンスに影響するのだとしたら、その理由は何でしょうか。

それは、スピッツの調査が示唆するように「コミュニケーション量そのものが私たち人間の基本的な欲求である」ということと関係があるのではないでしょうか。

コミュニケーション量そのものが私たちの基本的な欲求であるのなら、その欲求が満たされているかどうかが、組織におけるメンバーのパフォーマンスに何らかの影響を与えても不思議ではないからです。

先のSさんは、こう述べています。

「全ての会議を無くすのは無理かもしれません。ですが、業務時間中のコミュニケーション量を増やしたら、不要な会議は自然に減りました。かつては、社員どうしの関係構築を、社員旅行、運動会、職場の飲み会のような業務時間外のコミュニケーションに頼っていました。しかし、今はそういう時代ではなくなったのかもしれません」

情報伝達の効率性を重んじるとき、ともすればコミュニケーションの「質」ばかりに目が行きがちです。

しかし、組織におけるメンバーの関係性について考えるなら、コミュニケーション「量」に目を向けることにも十分な価値がありそうです。

あなたの職場のコミュニケーション「量」はどのくらいですか。

【参考文献】
※1
Spitz, R.A. (1945).
Hospitalism -An Inquiry Into the Genesis of Psychiatric Conditions in Early Childhood.
Psychoanalytic Study of the Child

※2
『ソーシャルブレインズ入門――【社会脳】って何だろう』
藤井 直敬 (著) (講談社現代新書)

※3
"It's Not Nagging - Why Persistent, Redundant Communication Works"
Harvard Business School, 2010 President and Fellows of Harvard College

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