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心を向ける
コピーしました コピーに失敗しました昨年秋から合気道の道場に通い始めました。
まず、道場に行って驚いたのは、企業のCEOからHR(人事部門)のヘッドまで、外資系企業で働く日本人のエグゼグティブが多く通っているということです。
顔見知りのHRのヘッドもいらっしゃり、その方曰く「多様な文化、人材と触れ合っていると、どうすれば人を動かせるのか、日々考えますよね。合気道にその答えのヒントがあるように思います」と。
合気道というと、投げたり転がしたり、というイメージが浮かぶかもしれません。しかし、この道場では、稽古時間の半分は、「どう自分の心を使って相手に影響するか」を修錬します。
たとえば、稽古相手が自分に背を向けて目の前に立ち、右の腕を真っすぐ前に出しています。後ろから右手でその人の右手首をつかみ、外側の右の方向に円を描くように動かそうとします。そうすると、相手は「動かされまい」と、がっちりと腕に力を入れます。
この時、力だけで相手の腕を動かそうとしてもなかなか動きません。ところが、「この人の腕を右側のこの場所に動かす」と明確に意識すると(合気道では、これを「心を向ける」と言います)、力を入れなくてもすっと相手の腕が動いてしまいます。
漠然と力を入れてもだめなわけですが、自分が動かしたい方向をしっかり心で見定めると、相手の腕はそれに「ついてくる」のです。
私にはそれを物理的に説明することはできないのですが、有段者が実践すると、全く力を入れていないように見えるのに、相手の腕は滑らかに右側に移動します。
知り合いのHRのヘッドは、この稽古の後に言いました。
「会社でも、こういうことができるリーダーっていますよね。しっかりと進むべき方向に心を向けていて、周りは自然にそれについていく」
先日、上海で80人近い日本人総経理の方に「グローバルリーダーに求められるもの」というテーマで講演をさせていただきました。
みなさんとても熱心に話に耳を傾けてくださったのですが、表情を見ていて少し戸惑いを覚えました。
「自分や組織の成長に向けて何かをつかもう」というよりも、「とにかく今、困っている。状況を変えるためにできることを教えてほしい」そんな表情に見えました。
実際、セミナーの後に何人かの方を訪問したり、お食事をご一緒させていただく中で、最近の中国における日本企業の事情がわかってきました。
・法律をはじめ、中国では状況が日々変わっていく。それに対応しなければいけないが、本社はそうした状況をなかなか理解してくれない。
・本社サイドの中国市場での売上増加の期待は高まる一方。しかし、思ったように売上が上がらない。
・では、本社側に明快な中国戦略があるかというと、そういうわけでもない。
・自分で何かをしようとすると本社にストップをかけられる。
・ローカル社員から明快なビジョンを示してほしいと言われるが、本社とコンセンサスを取ることが難しく、明示もできない。
・ローカル社員はなかなか定着せず、どんどん辞めていく。
つまり、こうした環境の中で、おそらく他国の人と一緒に仕事をする上で最も大事な、「ある方向に明確に心を向ける」ということが総経理の方々にできていない。「こっちに行くぞ」「これをやるぞ」という意思表示ができていない。
総経理の方々の話を聞きながら、合気道の道場での稽古風景が思い出されました。
リーダーの心が浮遊しているから、メンバーは動かない。
これは、海外駐在員だけの話ではないかもしれません。国内でも、本社と現場、営業と生産、「あちら」と「こちら」の間に入ってどこにも明確に心を向けられず、影響力のない言葉を発しているリーダーはたくさんいます。
コーチングでは相手に問い、考えてもらうことを大事にしますが、リーダーが「会社としてこっちに行きたい。だから考えてほしい」と、考えた先に何があるのかを強く示さない限り、相手の思考は動きません。
合気道の師範が稽古の最後に言いました。
「仕事でもなんでも、誰かと一緒に事を進めるには、まず自分が『心身一如』でないとだめです」と。
心身一如とは、心と身体が同じ方向を向いているということです。前を向いて歩いている。でも心ははっきりと前を向いていない。これでは、人はついてこない。
師範は加えました。
「前を向いて歩くときは、しっかり前に心を向けて歩く練習をしてください。これを繰り返すだけで心と身体が一致し始めますから」
リーダーの心をしっかりと定めた方向に向けていく。コーチとしての私たちの大きな役割です。
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