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「本気」を伝える
2012年10月17日
本気で人を育てようと思ったら、何が必要なのでしょうか?
「自分は本気で部下を育てようと思っている」とおっしゃる方に「本当に、『本気』ですか?」と聞くと、多くの方が一瞬言葉に詰まります。
「本気」は、よく使われる言葉ですが、よくよく考えてみると、分かりにくい言葉です。
周りから見て、「この人は本気で人を育成しようとしている」というのは、何で測れるのでしょう?
その人が使う言葉や顔つきかもしれませんし、どれだけ時間を使っているか、ということかもしれません。
明確な基準があるわけではないのですが、「あ、この人、本気だな」とわかる瞬間というのがあるように思います。
ボストン・フィルハーモニー管弦楽団の指揮者で、教育者でもあるベンジャミン・ザンダー氏の講演でお聞きした彼の体験談です。
ある時、ザンダー氏が著名な演奏家のコンサートチケットを生徒の人数分確保し、このコンサートを聴きに行くことを課題にしました。
ところが、生徒の半分がコンサートに現れず、遊びに行ってしまったのでした。
空いた席を見て、ザンダーは怒りで震えます。
しかし翌日、ザンダーは怒りの気持ちを懸命に封印し、生徒に自分の気持ちを伝えます。
いつものような叱りの言葉ではなく、謝りの言葉で。
「このコンサートが、君たちの今後のキャリアにどれだけ重要なのかということを、わたしは伝えていなかった。すまない」と。
生徒の将来を考えたとき、教育者としてどのような態度をとるのか。一晩中考え抜いた結果、出てきた言葉だったのです。
「素晴らしい音楽家になってほしい」と願うザンダー氏の「本気」が、 生徒たちに伝わったのでしょうか。この後、生徒たちがサボることはなくなり、自発的に練習し、学ぶ姿勢が変わったと言います。
私は、昨年末、上司に「君の成功は、私の成功の中で、重要な意味を持つ」と言われました。
新しい職務につき、なかなか結果を出せずにいた中、長いメールのやり取りの最後に綴られたささやかな一文。
「自分を応援してくれる人が、ここにいる」。この上司から、「本気」を感じた瞬間でした。しかし、この言葉にのって本気が伝わったのは、普段からサポートしてくれたり、問いかけてくれたり、時には追いつめてくれたりしているからこそ、なのだと思います。
前述のザンダー氏も、生徒たちをいつも叱ってばかりいたわけではないでしょう。手を変え品を変え、試行錯誤していたはずです。
その人の成功を本気で願って関わっているうちに、ふとした瞬間にその気持ちが相手に伝わる。そんなことが起きているのではないかと思うのです。
そもそも、「本気」が相手に伝わっているかどうか、は重要です。本人が「本気」だと思っているだけでは、そんなものは存在しないも同然なのですから。
しかし、その「本気」が一旦伝わってしまうと、こちらがその思いを持ち続けている限り、関わりの中で、「本気」は伝わり続けるように思います。
問題は、どうやれば伝わるかは誰にもわからない、試行錯誤するしかないことです。
できることは、「今この瞬間に部下に何が伝わっているのか」そのことに意識を向けることでしょうか。
マニュアルに書かれたコーチング・スキルは、確かに人材の育成に役に立ちます。しかし、「本気を伝える」ということが、人材育成を成功させるひとつの重要な要素のように思えます。そして、「本気を伝える」というマニュアルにはないものは、今この瞬間に何が伝わっているか、という視点を持つことでしか得られないように思います。
皆さんの部下には、今この瞬間、何が伝わっているでしょうか?
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