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『ロスト・イン・トランスレーション』と『コンテクスト』
2012年12月05日
もう10年近く前に公開されたソフィア・コッポラ監督の映画に「ロスト・イン・トランスレーション」というのがありました。
日本を舞台にした映画だったのでご覧になった方も多いかもしれませんね。ビル・マーレイとスカーレット・ヨハンソンが渋谷の街を歩いていました。
そのタイトルを象徴するシーンとして、いろんなことをたくさんしゃべる日本人の言葉を、通訳がバッサリ要約してアメリカ人に伝えるシーンがありました。
よく日本は「ハイコンテクスト文化」で、アメリカは「ローコンテクスト文化」だと言われます。
前者は「共通の価値観」を前提に主語を曖昧にする表現と比喩の多用でニュアンスを伝えるコミュニケーションが主流です。それに対して、後者は「異なる価値観」を前提に、曖昧さを排除したストレートで簡潔なコミュニケーションだと言われています。
映画の中の通訳は、この二つのコンテクストの違いを橋渡しして、コミュニケーションの成立に最低限必要なことだけを翻訳していたわけです。
まさに、「ロスト・イン・トランスレーション」。
翻訳の過程で、「不要」と判断されて抜け落ちていく言葉が数多く発生していました。
海外で日本人駐在員の方やローカル幹部社員にコーチングを行っていると、相互のコミュニケーションの中でこの「コンテクストの違い」が課題の根源となっているケースがほとんどのように思います。
特にアメリカでは、日本人マネージャーが日本で部下に対してとっていたハイコンテクストなコミュニケーションを、そのままアメリカ人の部下にもしてしまっている、ということが往々にして起こっています。
アメリカ人の部下からすると、
「今度来た日本人は、たくさんしゃべっているのに何を言っているのか曖昧だ」
「自分に言っているのか、誰に言っているのかわからない」
「会議のゴールがはっきりしない。結局、誰がいつまでに何をやることになったのか?」
と、戸惑うケースが出てきます。
この「自分に言っているのか誰に言っているのかわからない」という点では、部下にコーチングを行う際にも影響を及ぼしていることがわかっています。
たとえば、コーチングにおける「承認」や「フィードバック」で出てくる言葉に「Iメッセージ」「Youメッセージ」というものがあります。
有名な行動承認の例で、怪我をおして優勝した横綱貴乃花に「痛みに耐えてよく頑張った。感動した!」と優勝杯を手渡しした小泉元首相のエピソードがありました。
これは、前半が「あなたは」を主語にした「Youメッセージ」で、後半は「私は」を主語にした「Iメッセージ」から構成されています。(主語が両方とも省略されている点も、日本的ハイコンテクストを象徴していますね)
コーチングで「フィードバック」をテーマにするときには、「Youメッセージが『あなたは...』と、やや決めつけ調に受け取られるおそれがあるのに対して、Iメッセージは伝える側が『自分はそう感じた』という事実だけを伝えるため、言われた側がより受け取りやすい」ということがよく言われます。
しかし、ワークショップでのアメリカ人参加者の反応や、日本人上司がアメリカ人部下にコミュニケーションした実例に照らしてみると、「アメリカ人には『Iメッセージ』よりも『Youメッセージ』の方がフィードバックや承認の意図がよりダイレクトに伝わりやすい」ということがわかってきました。
Iメッセージによる、「私はこういう風に感じたよ」はアメリカ人にとっては「ふーん、キミはそう感じたんだね」という事実確認ができただけで、コミュニケーションとしてはまだ「入り口」にしかすぎないようです。
むしろ、最初からYouメッセージでポジションを明確にした方が「違いが明確に」なって「議論が深まりやすい」とのこと。
日本のハイコンテクストカルチャーが、「違いを明確にせず、摩擦を避けてふんわりと一致点を見出す」のに対して、「決めつけでもなんでも、まずは意見の相違点を明確にし、議論によって相互理解を深める」というローコンテクストカルチャーのアメリカ。
この違いこそ、まさに多くの日本人海外駐在員を戸惑わせ、かつ彼らと一緒に仕事をするアメリカ人をも戸惑わせる根本的な原因ともいえます。
「そこまで言わんでもわかるだろう」とか「ここまで言ったら角が立つんじゃないか」という白黒はっきりさせない、摩擦を避ける日本的なコミュニケーションは、たいていの場合、このコンテクストの溝を越えられていないケースがほとんどなのです。
・まず「全体観」を話し、これから話す内容はそのどこにあたるのか? というMAP(地図)を明確にする。
・使う言葉の定義をはっきりさせてから話を進める。
・主語を明確にし、アクションの主体と責任の所在をクリアにする。
・承認やフィードバックはYouメッセージから始め、そこで明らかになった「見解の相違」に二人で向き合うところから会話を深める。
こうしたコンテクストの違いをきちんと認識し、かつ、それをブリッジするコミュニケーションが海外でのマネージメントではとりわけ求められているのです。
あなたのコミュニケーションは、コンテクストの壁、「ロスト・イン・トランスレーション」をきちんと越えて成立していますか?
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