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アドバイスの功罪

アドバイスの功罪 | Hello, Coaching!
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「七五三現象」という言葉をお聞きになったことがあるでしょうか?

入社時には希望に満ち溢れた新入社員が、3年後には中卒7割、高卒5割、大卒3割が退職してしまう現象を言い表したものです。

厚生労働省によると、2012年の社会人3年以内の離職率は、大卒でちょうど3割で、前年から比べても微増しているようです(*1)。

そうした状況に歯止めをかけようと、社内公募や企業内ベンチャー、資格取得奨励、さらには国内・国外の留学制度など、手を変え品を変えて施策を打ち出す組織も増えているようです。

ただ、そうした制度面での施策が、必ずしも離職率低下につながっているとは言い難いという声も聞かれます。

一方で、仕事をしている限り、新入社員でなくても「この仕事をこのまま続けていいのだろうか」という迷いは、誰にも時折訪れるのではないでしょうか。

2週間前に、本メールマガジンの読者の方に「過去に会社を辞めたいと考えた時に、辞めずに思いとどまった理由は何ですか?」についてアンケートしたところ、459名の方が回答くださいました。

・周囲との関係性を重視して    30%
・仕事内容が面白かったから     13%
・給与に納得がいったから      10%
・会社を辞めたいと思ったことがない 9%
・社風と自分があっていたから    5%

という結果で、「周囲との関係性」が離職を踏みとどまった理由とする方がダントツで多いことが分かります。

辞める原因になるのは人間関係であり、最後に「待った!」をかけるのも人との関係というのは、コーチとしての経験からも、とても合点がいきます。

では、みなさんは、大切な部下が「辞めたい」と言ってきたときに、どう対応されていますか?

先日、病院で新人の3~4割が1年以内に辞めてしまうのが当たり前だった部署の離職を「ゼロ」にされたAさんにお話を聞く機会がありました。

その病院は、業務量が多い上に、給料面では他の病院と比較すると決して高くないハードな環境で、Aさんの薬剤部では、毎年3~4割の新人が最後まで教育を終えられずにドロップアウトしてしまう状態が続いていたそうです。

そんなAさんの周囲に変化が起き始めたのは、1年半くらい前のことでした。

「昔は、辞めることを決めてからの『事後報告』だったのが、迷っている段階で相談してくれるようになった」と。


何が起きたのかをと聞くと、Aさんは、「アドバイスを一切やめたんです」とおっしゃいました。

「私も、長年薬剤部にいますから、たいていの場合、どんなことについてもアドバイスできるんです。ただ、自分が新人だった時代と今は環境もまったく違うので、彼らに私のアドバイスがそのまま役に立つわけではない。ましてや、アドバイスをすると、真面目な彼らは『あの人にはできたかもしれないけど、私にはできない』と、逆に自信を失わせて終わりになっていたんです。なんとなくですが、『アドバイスは、人を追いこんでしまう』と思うようになりました」

「だから、自分には、いつでも、何でも話していい、という雰囲気を作るようにしました。夜勤やシフトの合間であっても。実はみんな、本当に些細なことで悩んでいることが多いんですよね。明確な『これ』という出来事や理由があって辞めるわけではないんです。小さな迷いや葛藤が積み重なり、少しずつ無力になり、そこに居る意味がない、最後にはもう居たくない、と思うようになるんです。そのような状態だと、人は、どんなに立派なアドバイスであっても耳に入りません。相手がどんなに自己本位なことを言っても、否定したり、アドバイスをしないようにしました」


さらに、Aさんは、辞めることを相談に来る人を止めるようなことは絶対にしないそうです。


その代わり、
・将来、誰に何をもたらすような薬剤師になりたいのか
・それには今の状況で何を変えられるか
といったことを問い、とことん考えさせるそうです。

「辞めたいなら辞めるのがベスト。人に止められて辞めるのを思いとどまるような人を育てたいわけではない」

と言い切っていました。

「日常の小さな関わりの積み重ね」と、「アドバイスをしない。辞めたいときは止めずに考えさせ、自分で選択させる」

このふたつを繰り返し、Aさんの部では、新人教育からのドロップアウトはゼロになったそうです。


面白いデータがあります。

人は、他人から「アドバイスしてもいいかな? (Can I give you an advice?)」 と言われるだけで防衛体制に入り、暗闇で足音が聞こえたときと同等のコルチゾールの分泌という生体反応が起こるそうです。

それは、人は、原始の時代から、周囲との関係の優位・劣位を無意識的に測りながら関係性を作っていく習性があり、「アドバイスした人の方が偉い」と、脳が自動的に優位性をみなす分析をしてしまうからだ、と(*2)。

つまり、アドバイスされただけで、人には「強度なストレスが加わる」ということです。

だとすると、「アドバイスする=自分より上」というメッセージを暗に感じてしまう状態の中で、心を許し、言いにくいことについて話すというのは、残念ながら難しいのではないでしょうか。

相手のために良かれと思ってするアドバイスが、実は、ストレスにつながってしまっているとは、何とも切ない話です。

医療の世界のみならず、企業でも、高度な技術が求められたり、緊急度の高い案件が発生すれば、知識の教授が必須となり、アドバイスが必要な場面は多々あるでしょう。

ただ、中長期的な人の成長を左右する決断の場面でアドバイスすることは、人の潜在的な可能性を潰してしまうことの方が多いのかもしれません。

【参考資料】
*1 厚生労働省 新規学卒者の離職状況に関する資料一覧
*2 David Rock, "Managing with the Brain in Mind"
  2009 Booz & Company Inc.

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