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どう力を発揮したいか、どう力を発揮させたいか
2013年09月11日
クラシック音楽が趣味で、私自身、今でもオーケストラでチェロを弾くのですが、先日、あるアマチュアオーケストラで指揮する機会を頂きました。
指揮する曲は、自分のよく知っている曲で、「指揮者として、あんなことをやろう、こんなことをやろう」と妄想を膨らませていました。
ところが、いざリハーサルになってみると、自分の思うようにいかない。テンポ感やリズムが、私とオーケストラの間で明らかに違うのです。
世界屈指のオーケストラのひとつ、ウィーンフィルにとって、いい指揮者の最低条件は、自分たちの音楽の「邪魔をしないこと」だといいます。(※1)
指揮者とオーケストラの間には、作曲家の書いた譜面をどう解釈するか、それをどう音にするかについて、多少なりとも意見や意図の相違があります。一流の指揮者は、ウィーンフィルの解釈を十分に引き出して、それを踏まえた上で、リハーサルを通じて自分の解釈を提案していく。リハーサルは、言ってみれば、「双方の解釈のすり合わせ」の時間です。
一方、邪魔をする指揮者は、ウィーンフィルの解釈がどうであろうと、自分の解釈はこうだ、と押し付けてしまい、解釈のすり合わせが起きないのでしょう。オーケストラがどうしたいかと、指揮者がオーケストラにどうしてほしいかがずれたままになってしまいます。音を出すのはオーケストラですから、押しつけてはうまくいきません。
先日、複数の日本企業に長年勤めてきた香港人の友人C君が、「日本企業の人材育成は、上に報告するための形式的なものであることが多い」というのを耳にしました。
たしかに、そのようなこともあるかもしれません。しかし、少なくとも、私が接している日本人駐在員の方々は、ナショナルスタッフの育成に腐心し、どうしたら彼らを成長させられるかを真剣に考えていらっしゃいます。
解釈がすり合わないオーケストラと指揮者のように、ナショナルスタッフがどう成長して力を発揮したいかと、経営側あるいは人事部門が「彼らにどのように成長して力を発揮してほしいか」の想いがずれたまま、経営側の「押し付け」になっている可能性はあるかもしれません。
C君に、人材育成が形式的でないと感じる時について聞くと、経営陣が自分たち一人ひとりのことをよく見ている時は頑張ろうという気持ちになるし、人材育成プログラムの意図もわかりやすい、と言います。
人材育成の内容もさることながら、経営陣のナショナルスタッフへの関わり方も大きく関係しそうです。
最近、メジャーリーグで活躍された吉井理人さんが、雑誌の対談でメジャーリーグのコーチについて語っていました。(※2)
吉井さんは、渡米後、最初のコーチから、「俺はおまえのことは何もわからない。おまえのことを一番知っているのはおまえ自身なんだから、おまえの方からコーチの俺に教えてくれ」と言われて面喰ったそうです。
吉井さんは、「人から教えられたことは、すぐ忘れてしまう。自分で気づいて自分で工夫して獲得したものしかいざというときには使えない」と、質問するまで何も教えない、メジャーのコーチの背景について語っています。
このコーチは、「自分の力をどう発揮したいのかという方向性は、吉井さん自身が持っている」という前提でスタートしています。ですから、ああしろ、こうしろはなく、まず吉井さんに確認しているわけです。
ナショナルスタッフがどんな人材育成を望んでいるのか、聞いてみる価値はありそうです。「いや、それはもう聞いているよ」という声も聞こえてきそうですが、聞くポイントは、単にどんなプログラムを望んでいるか、といった表面的なものにとどまりません。
自分はどのように成長し、どのように力を発揮していきたいのか、また、それをいかに自分で考え、気付かせていくかを考えると、人材育成のデザインも、さらに効果的なものにできるかもしれません。
【参考文献】
※1「ウィーンフィル 音と響きの秘密」 中野 雄 著
※2 文藝春秋 9月号
権藤博/吉井理人 プロ野球参謀から見た「名将の資格」
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