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本気で『360度フィードバック』を活用する
2013年12月04日
大手企業の社長であるAさんは、「360度フィードバック」を積極的に活用しています。
「360度フィードバック」とは、一般的に、対象者の上司、同僚、部下が、対象者とその組織について数十問のアンケートに匿名で答え、その結果を対象者にフィードバックするしくみです。
Aさんの会社では、20年以上前から360度フィードバックが実施されていました。かつては、課長、部長といったミドルの管理職層のみを対象として行い、その結果は、人事部からの社内郵便にて返却されていたそうです。
昔は、Aさんも管理職のひとりとして、360度フィードバックの結果を受け取っていたそうです。
しかし、「結果が送られて来た時は気になるものの、引き出しに入れたままにしていました。1年経つとまた新しい結果が来る。こんなことを繰り返しているうちに、しだいに『放っておいても何も起こらないからいいや』という感覚になっていったんです」とAさんは当時のことを思い出して笑います。
2つの提案
Aさんが社長になる前の、人事担当役員に就任した時のことです。
「かつては、飲みニュケーションと喫煙室が部下の『本音を聞き出す場』だった。でも、グローバル化で部下が世界中に散らばってしまったら、どちらも機能しない」
そう感じたAさんは、長年続いている「360度フィードバック」をもっと活かそうと、次の2つを役員会で提案しました。
(1) ミドルの管理職だけでなく、社長を含む全役員を360度フィードバックの対象とする
(2) 360度フィードバックの結果は、「人事から返す」のではなく「対象者の上司が一人ひとりと面談をしながら返す」
しかし、予想以上に他の役員から大きな反発を受けました。
「役員は十分な能力を備えているはずだ。だから、今さらこんなことをやる必要はない」
「360度フィードバックにこれだけ大勢の社員が時間をかけるなんて、 無駄なコストだ」
「我々のような年齢になったら、もう人は変わらない」
役員のこんなコメントを聞いたとき、Aさんは、「この人たちにこそ、絶対360度フィードバックが必要だ」と自分に火がついたのだそうです。
一般的に、上位職になればなるほど、360度フィードバックで得られるような情報は「すでに分かっている」「自分は部下が感じていることをよく知っている」などと思いやすい傾向があります。
スタンフォード大学のロバート・サットン教授は、複数の研究の結果から、職位が上がれば上がるほどに「自分は中心的な地位にあるのだから、優れたリーダーシップを発揮するうえで必要なものは、おのずとすべてわかっている」と思い込む傾向がある、と述べています。
サットン教授は、このことを「中心性の誤謬(ごびゅう)」と名付け、組織の長が犯しやすい大きな間違いのひとつとして指摘しています。(※1)
その後、Aさんの構想通りに360度フィードバックが行われるようになりました。安定的に運用されるまでには、3年以上かかったそうです。
360度フィードバックをうまく活用する2つのコツ
Aさんは、360度フィードバックをうまく活用するコツを2つ教えてくれました。
1 上司と部下との『対話を促進するためのツール』とし、人事評価には使わないこと
1つ目は、「360度フィードバックは、上司と部下との『対話を促進するためのツール』とし、人事評価には使わないこと」です。
「人事評価に使うと、『周囲に気に入られよう』という気持ちが強くなりすぎて、本来必要な侃々諤々の議論や対話を減らしかねません」とAさんは言います。
私たちは、もともと「周囲に気に入られよう」とする傾向があります。
社会心理学者のエーリッヒ・フロムは、現代の市場経済の原理が個人の人間的価値にまで及んできていることを指摘しました。
フロムの主張はこうです。
「市場経済の発展により、モノの価値は『どのくらい優れたモノか』よりも『どのくらい売れるモノか』で評価されるようになってきた。この価値観がしだいに人間の価値にまで影響を及ぼしている。すなわち、『どのくらい優れた人か』よりも、『どのくらい気に入られている人か』で人間の価値が評価されるようになってきている」(※2)
フロムは、この価値観を「市場的性格」(Marketing Character)と名付けました。
360度フィードバックを人事評価に使うことは、この市場的性格をさらに強めることになるのではないでしょうか。つまり、周囲に気に入られようとする社員ばかりを増やしていくかもしれないのです。
2 「ビジョンを描くこと」
Aさんが教えてくれた2つ目のコツは、「ビジョンを描くこと」です。
「実は、自分自身のビジョンが明確な人ほど、360度フィードバックを積極的に活用しようとする傾向があります。自分自身が本当に手にしたいもの、つまり、与えられたものではなく、心から手に入れたいものがはっきりしていれば、それを手に入れるために必要なフィードバックを積極的にもらおうとします。その方が早くビジョンにたどり着くことが出来ますから」とAさん。
あなたの組織では、本気で360度フィードバックが活用されていますか?
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【参考資料】
※1「不況期の上司の心得 ―「見通し」「理解」「調整」「思いやり」が必要―」
ロバート・I・サットン
ハーバードビジネスレビュー 2009年8月号(ダイヤモンド社)
※2 『人間における自由』
エーリッヒ・フロム (著)、 谷口 隆之助/早坂 泰次郎 (翻訳)
(現代社会科学叢書、1955年)
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