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ソーシャルキャピタル

ソーシャルキャピタル | Hello, Coaching!
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二十数年も前のことですが、私は中学校で社会科を教えていました。そのころ読んだ教育雑誌に、次のような記事があったことを憶えています。

小学校の教室に定点カメラを置き、担任の教師が、誰とどの位の時間会話しているかを1ヶ月間記録する。それを分析すると、「教師と子どもとのコミュニケーションの量」と「子どもの成績」に関連があることが分かった。傾向としては、教師とのコミュニケーション量が多い子どもほど成績が良い。

この結果を教師にフィードバックすると、教師はコミュニケーションの少ない子どもたちと意図的に話すようになった。すると、その子どもたちの成績が上昇した。

当時の私は、一学期の間に授業以外では一言も話さない生徒もいましたし、名前と顔が一致しない生徒もいるような状態でした。この記事を読み、クラスごとに大学ノートを用意し、生徒一人ひとりの写真を貼って、授業が終わるたびに、誰と何を話したのか、そのときの反応、生徒の特徴など、メモを残すようにしました。その結果、生徒とのコミュニケーション量は飛躍的に増加し、授業が活性化していったのを憶えています。

名古屋第二赤十字病院で、コーチングの導入前後でのステークホルダーの変化についてリサーチしたところ、コーチの「コーチング実施回数」と、ステークホルダーの「創意工夫しながら仕事に取り組んでいる」に対する意識の変化度合には、有意な相関が見られることがわかりました。

注目すべきは、「聞く」「指示やアドバイスをしない」「ステークホルダーにコーチングに関する希望を言わせる」といったその他のアンケート項目との間には、有意な相関が見られなかったことです。すなわち、今回のリサーチでは「コーチがどのようなコーチングをするか」よりも「どのくらいコーチングを実施したか」の方が、ステークホルダーの仕事に対する創意工夫を向上させる上で、強く関係しているという結果が出たのです。

これら二つの事例の共通点は、「会話の『中身』以上に、会話の『頻度』が、 相手のパフォーマンスに大きな影響を与えている」ということです。

そして、さらに興味深い事例があります。

アメリカで、199の公立小学校の1,013人の教師と4、5年生の生徒2万4,187人を対象に、「教師のヒューマンキャピタルおよび教師間のソーシャルキャピタル」と「生徒の学力」との関係を分析した結果、次のようなことが分かったそうです。

1. 教師の教育経験が豊かで、教育が得意であるほど、生徒のテストの結果が良かった。つまり、教師個人の能力(ヒューマンキャピタル)は生徒の成績に影響を与える。

2. 教師間の人間関係が親密であるほど、生徒のテストの結果が良かった。つまり、教師間のソーシャルキャピタルの良さが、生徒の成績を押し上げる。

3. 教師が「校長・教頭」と親密な人間関係を築いているほど、生徒のテストの結果が良かった。つまり、教師と「校長・教頭」の間のソーシャルキャピタルの良さには、生徒の成績を押し上げる効果がある。(※2)

1.の結果は、ある意味当然のことだと思われますが、注目すべきは「教師間のソーシャルキャピタルが高まると、生徒の成績が上がる」という2.と3.の結果です。

この事例では、「子どもの学力は、教師個人の能力(ヒューマンキャピタル)だけではなく、その教師が同僚や上司とどれだけ親密な関係(ソーシャルキャピタル)を築いているかにも影響を受ける。教師が同僚の教師や校長、教頭などの上司とどのくらい親身に生徒や教育について話し合っているか、それが生徒との1対1のコミュニケーションに波及していく」。つまり、教師と生徒という直接的な関わり以外に、教師間のソーシャルキャピタルも生徒の成績に影響している、ということが示されています。

コミュニケーションの原則は「1対1」。

しかし、コミュニケーションは1対1の中だけで完結しているわけではありません。コミュニケーションは「そこ」を起点に、波紋が広がるように周囲に波及していくのです。

1対1のコミュニケーションで受けた影響は、必ず、「次の1対1」のコミュニケーションに波及するのです。

生徒の教育方針に関して、もし教頭が親身に相談に乗ってくれたら、そこで話されたアイディアは生徒との次の会話に反映されるでしょう。

上司と話して前向きになった部下は、次にお客さんと会ったときにポジティブな会話をすることは想像に難くありません。

企業における実績や業績向上などについては、その責任を本人の能力や、それを直接指導した上司に求めます。それは当然のことですが、さらに、もうひとつの視点は、「ソーシャルキャピタルを高めることで、顧客満足度、定着率など組織の生産性を向上させること」にあります。

たとえば、社員同士がどれだけ親密な関係を築くことができるか。上司と部下がどれだけ親密な関係を築くことができるか。それに加えて、顧客満足についてどれだけ自由に会話することができるか。部下の離職についてどのくらい正直に会話することができるか。生産性の向上についてどれだけリアリティのある話ができるか。

「1対1」のコミュニケーションの頻度と関係性を高めることが、組織全体の生産性向上に向けたもうひとつの視点だと考えることができるでしょう。

これまでも、風土改革という名の下に組織のソーシャルキャピタルを高める試みが数多く行われてきました。コーチングもその手法の一つです。

さらにそれを進化させたものが、「システミック・コーチング™」。

ステークホルダーと定期的に時間をとってコーチングを実行する「システミック・コーチング™」は、コミュニケーションの頻度を上げると同時に、組織内のソーシャルキャピタルを強力に高める構造を持っています。1対1のコミュニケーションを起点として、そのコミュニケーションを組織へ波及させる仕組みなのです。

近年、コーチングによる風土改革が成功している背景の一つはここにあるのだと思います。

【参考資料】

※1 コーチング研究所調べ   データは、受講者25人に対するそれぞれのステークホルダー125人の平均値を基に分析。頻度アンケートは6ヶ月間の受講者25人に対するステークホルダー125人のデータを平均したものである。相関係数は0.57であった。

※2 Frits K. Pil and Carrie Leana "Applying Organizational Research to Public School Reform:The Effects of Teacher Human and Social Capital on Student Performance"     AMJ52(6):1101-1124

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