Coach's VIEW は、コーチ・エィのエグゼクティブコーチによるビジネスコラムです。最新のコーチング情報やコーチングに関するリサーチ結果、海外文献や書籍等の紹介を通じて、組織開発やリーダー開発など、グローバルビジネスを加速するヒントを提供しています。
裏の目標
コピーしました コピーに失敗しましたコーチングは、リーダーを開発する手法です。
リーダーの認識と行動を変え、それによって組織変革を促すのが私たちの仕事です。
では、どうすれば、リーダーは変わるのでしょうか?
先日、ある会社の社長に就任したばかりの方のコーチングを依頼されました。「リーダーシップの向上のひとつとして、彼のプレゼンス向上に手を貸してほしい」という親会社の役員の方からの依頼でした。
新社長と初めてお会いして、まず目に入ったのが、着ているスーツの「地味さ」です。
グレーのスーツにネクタイもグレー。Yシャツは、いかにも何も気にせず、近所のスーパーで買いました、というようなもの。これからメディアなどを通して世間の注目を集める方の服装としては、あまりにも、地味。
「ご自分のプレゼンスについてどう思っているか?」
と聞いたところ、
「部下からも家族からも、地味すぎると言われています。自分でも、少しは変えた方がいいかな、と思うところもあるのですが、そもそも、スーツやネクタイに凝って、周りの目を気にしてあれこれ揃えているように思われたくない。自然体で振る舞いたいんです」
たとえ周りは首を傾けたくなるようなプレゼンスだとしても、その人自身は、そのプレゼンスを「選択」しているわけです。
よくよく聞いていくと、そのプレゼンスを選んでいる「目的」が明確にあり、その目的自体を「どうにかしない」限り、決してプレゼンスは変わりません。
理想形を示して、「はい、やってみましょう」だけでは、人は変わらない。
プレゼンスという、一見簡単に変えられそうなものでさえそうなのですから、リーダーとしてのマネジメントやリーダーシップに関わる行動となると、尚更簡単には変わりません。
昨年末に日本でも出版された『なぜ人と組織は変われないのか』の中で、著者であるハーバード大学教育学大学院教授のロバート・キーガンは、センセーショナルなリマークで序章をスタートさせています。
要約すると、
最近の研究では、食生活を改めたり、運動したり、喫煙をやめたりしなければ死に至ると医者から警告を受けても、実際にそのように自分を変えることのできる人は7人に1人にすぎない。
残りの6人は、決して長生きしたくないわけではないし、自己変革の重要性を理解していないわけでもない。何を変えればいいかの道筋も明確に示されている。
それでも変えられない人が85%いる。自分の命に係わるようなことでさえ自己変革を成し遂げられないのだから、リーダーが自己変革に挑むのは大変に難しいだろう。
キーガンは、自己変革が難しい理由について、人は常に「なんらかの『裏の目標』に突き動かされているから」と言います。
「問題は、ほとんどの場合、あなたの卓越した成果を生み出す能力が、そのような『裏の目標』の影響によって弱められたり、ときには完全に打ち消されたりすることだ」と断じます。
そして「その裏の目標は、あなたの意識の産物ではあるが、それを自分でコントロールすることができない」と。
冒頭の社長さんの場合、プレゼンスを高めたいという「表の目標」がある一方で、飾りのない、自然体の自分とみられたい、という「裏の目標」があり、それが今の服装の選択を支えています。
喫煙を止め健康体になるという「表の目標」に対して、喫煙によって、その瞬間ストレスが軽減され、いやなことを考えなくて済む、とか、ワイルドな自分を実感できる、などの「裏の目標」があるかもしれません。
実は、この「裏の目標」に対処する能力を磨かなければ、自己変革も、そしてその先にある組織変革も成し遂げられない、とキーガンは主張しているわけです。
たとえば、ある経営者が、「もっと若手に権限が委譲され、若手が活き活きと働いている組織にしたい」と考えているとします。そして、その組織変革のためには、まず自らが部下に権限を委譲し、将来を担う人材に多くの機会を与えなければいけないと思っている。
ところが、実際は、今の自分は、多くの仕事を自ら仕切り、若手にはただ指示を与え従わせるだけ。だからそれを変えなければならない。
組織をAという状態からBという状態に変えるために、今の自分のリーダーとしての行動パターンをCからDに変える。理屈上は明確なわけですから、あとはやればいいだけのようにも思います。しかし、みなさんご存知のように、実際にはそうはいきません。
その経営者自身に、仕事を全て自分で取り仕切り、若手に指示を矢継ぎ早に出し、仕事を完遂させる、という「裏の目標」があるからです。
「他人に依存せず自分の力で物事を実現したい」
「常に状況をコントロールしていたい」
「状況を手放して不安を感じたくない」など。
この「裏の目標」が常に無意識下で最優先され、「表の目標」に対するコミットが弱まります。「裏の目標」をしっかりと表に引き上げ、それとどう「折り合い」をつけるか。リーダーは、まずはそれを模索する必要があります。
結局、多くの場合、組織の変革は、リーダー個人の「裏の目標」によって促進が妨げられています。実際、自分の「裏の目標」の実現を優先させてしまったばかりに、会社や国家、スポーツチーム、家庭などを危機に陥らせたリーダーが、何人もいるのではないでしょうか。
もし、今自分自身が変わるのが難しいと思う領域があれば、それがどんな「裏の目標」に支えられているからなのか、ぜひ少しの時間を取って考えてみてください。
【参考資料】
『なぜ人と組織は変われないのか――ハーバード流 自己変革の理論と実践』
ロバート・キーガン、リサ・ラスコウ・レイヒー (著)/ 池村千秋 (翻訳)
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