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『休眠状態』の相手に連絡する
2014年09月03日
先日、急いでオフィスを出た時のことです。「すぐにタクシーを拾いたい」と思っていたところ、まだ手も挙げていないのに、すぐ先でタクシーが止まりました。
タクシーに乗り込んだ私は、思わず尋ねました。「どうしてタクシーを拾おうとしていることが分かったんですか?」すると、「お客さんの様子を見て、そうかなと思いまして」と運転手さん。
そこからの道中、この運転手Aさんと話すことになりました。
Aさんはタクシー運転手歴15年で、タクシー会社はこれで3社目。稼ぎは「社内でほとんど毎月トップ」で、新人ドライバーの教育係でもあるとのことでした。
「この仕事は、コツさえ分かれば、景気にあまり関係なく稼げるものなんですよ」
そう笑顔で話すAさんに、「稼ぐコツとは何か」と尋ねると、「人間関係ですよ」と一言。
「タクシー運転手はひとりで仕事をしている」という印象が強かった私は、その言葉にとても興味を持ちました。
なぜ、Aさんは「稼ぐコツ=人間関係」と考えたのでしょうか。
その答えは、Aさんのある体験にありました。
* * *
数年前のある日、Aさんはかつての同僚と偶然出会いました。別々の会社で働くようになっても、元々親しかったタクシー運転手同士。すぐに最近の「稼ぐコツ」を披露し合ったのだそうです。
よくお客様を拾える場所や時間帯、その日のイベント情報など、大いに話は弾みました。その時間が楽しかったAさんは、すぐに、元同僚から得た情報を試してみることに。
すると、その日の売上がいつもより高くなったのです。
「これはいい。自分が知らない方法がもっとあるかもしれない」
そう思ったAさんは、前職の同僚だけでなく、前々職の同僚にも次々と連絡をとってみました。
こうした方法を繰り返すうちに、Aさんはトップクラスの売上になれたと言います。
それからというもの、Aさんは、さまざまな企業のタクシー運転手と、時折連絡を取るようにしているのだそうです。
「他のドライバーから入手しておくべき情報は毎日ある」
これがAさんの考え方なのです。
* * *
マネジメントスキルについて研究しているダニエル・レビン教授らは、「以前は頻繁に会っていたけれど、現在は連絡をとっていない人たち」との関係を「復活」させるとどのようなことが起こるか、という実験をしました。(※1)
この実験は、企業の管理職200人以上を被験者として「少なくとも3年間休眠状態にある」相手に突然連絡をして、今の仕事についてのアドバイスを求める、というものでした。そして、アドバイスをもらったら、それが「どのくらい役立ったか」をひとつずつ評価するのです。
実験の結果、
「休眠状態のつながりからもらったアドバイスの方が、現在進行形のつながりからもらったものよりも価値があった」
ということが分かりました。
それはなぜでしょうか。その理由についてペンシルベニア大学ウォートン校のアダム・グラント教授は、「音信不通だった間に、それぞれが新しいアイデアや、ものの見方にさらされていたために、休眠状態のつながりの方が、より多くの新しい情報をもたらすから」
と述べています。(※2)
しかし、日頃、私たちは「休眠状態」のつながりに意識を向けることはあまりありません。実際、運転手のAさんは、偶然出会った元同僚のことを、「昔の彼を想像すると、自分にとって役に立つ情報を持っている相手だなんて思ってもみなかった」と言っていました。
私たちは日頃身近にいる人たちを中心として交流する傾向があります。そのため、環境が変われば、新しい関係での交流が始まり、同時に休眠状態の知人も増えていくのではないでしょうか。
一方、頻繁に会う相手とは、「よく知っている者同士」で安心感がある反面、互いに「同質性が高い」ために、新しい情報や新しいアイデアには触れにくい可能性があります。
そのため、新しい情報や新しいアイデアを得るには、交流会や勉強会などの「新しい関係性」はもちろん効果があるでしょう。
ただ、「新しい関係性」に比べると「休眠状態の関係性」への期待が低く見積もられ過ぎているのではないか、と私は感じるのです。
もしかすると、自分自身の変化や成長を感じる一方で、長らく交流していない休眠状態の相手に対しては、交流が途絶えて以降、「自分のイメージの中で変化も成長もさせていない」ということかもしれません。
レビンらの実験に参加した被験者もタクシー運転手のAさんと同じく、
「連絡をとってみる前は、自分がすでに考えている以上のことを(休眠状態の相手に)教えてもらえるとは思っていませんでしたが、それは間違っていました。新鮮なアイデアにとても驚かされた」
と話していたそうです。(※2)
休眠状態のつながりは自分自身の大きな財産です。なぜなら、今の自分のパフォーマンスを高める大きな可能性を秘めているかもしれないのですから。
まずは「休眠状態だけれど、連絡してみたい人」のリストをつくってみてはいかがでしょうか。
【脚注】
※1 Levin, D. Z., Walter, J. and Murnighan J. K., 2011,
The Power of Reconnection ? How Dormant Ties Can Surprise You,
※2 アダム・グラント, 楠木建(監訳), 2014,
『GIVE & TAKE 「与える人」こそ成功する時代』, 三笠書房
【参考文献】
マーク・S・グラノヴェダー, 1973, 『弱い紐帯の強さ』,
American Journal of Sociology, Vol. 78, No. 6., May 1973, pp 1360-1380
(収録:野沢慎司 監訳, 2006,
『リーディングス ネットワーク論―家族・コミュニティ・社会関係資本』, 勁草書房)
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