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「The Power of Pull」のすゝめ

「The Power of Pull」のすゝめ

「研究者みんなで毎朝、朝ご飯を食べながら話す」

米国スタンドフォード大学のカール・ダイセロス博士は、
驚異的な数の論文掲載の秘訣を聞かれ、そう答えたそうです。

同博士は、2013年にサイエンス誌が10大ブレークスルーの
ひとつに選んだ、脳を透明にする技術「CLARITY(透明性)」の
研究を推進する、気鋭の若手研究者。

ダイセロスグループは、2009年1月から5月までの5か月間に
学術誌「ネイチャー」に2本、「サイエンス」に2本、
「ネイチャー ニューロサイエンス」に1本の論文を掲載している、
とんでもないグループです。

「毎朝、仕事開始前に皆で朝ごはんを食べて、
 研究者たちはそこから何を得ているのだろう?」

 興味を持ち、私がコーチをしている、
 ある研究所の研究リーダーに聞いてみると、
 一言、「短期的には、まずスピードかな」と。

その方曰く、
「研究者には職人的な人が多く、
 ともすると、自分の世界に埋没してしまう。

 目の前の人に一言サポートを求めれば一瞬で終わることでも、
 一人で悩み続けるか、非効率的な作業に邁進し、
 終わらないサイクルにはまってしまうことが儘ある」と。

さらに、
「自分一人で考え、優先順位をつけて行動することが多く、
 協業が苦手な人が多い。

 人との関係性の中で物事を考える習慣も少ないため、
 自分のリソースを客観化する機会が少なく、
 他者に共有する価値にすら気づいていないことも多い。

 他の人と話す場があってはじめて
  “自分独自のリソースの価値”に気づくことが
 多々あるんです」と付け加えました。

たしかに、研究室のメンバー同士で既存の実験データや解析ツール、
フォーマット等、他人のリソースを互いに有効活用することは、
研究の時間短縮につながるでしょう。

続けて色々な方にお話しを聞く中で、
ある研究所のトップの方から、
行き詰っていた研究の突破口となるアイディアが生まれたときの
エピソードをお聞きすることができました。

ずいぶん昔に、ある植物学者が、数年間、
化学薬品を使って硬い二重の細胞膜を融解させようと
研究をしていたそうです。

問題は、化学薬品で融解させようとすると、
周囲の細胞まで傷つけてしまうこと。

あるとき、その学者は食堂で
周囲に影響を与えずに硬い膜を突破する方法について
思い悩みながらご飯を食べていたそうです。

そこで横に座ったのが、「レーザー」の研究者。

植物学者の暗い様子に、「どうした?」と声をかけ、話を聞くなり、
「レーザーで切っちゃおう」と一言。

一瞬にして長年の悩みが解決したそうです。

何気ない会話が、効率化や質の高い研究アイディアを生み出す。

MITメディアラボ所長の伊藤穣一氏は、
必要な時に必要なリソースを引っ張ってくる力、
「The Power of Pull」について講演されたことがあります。(※1)

現代は、どれだけ頭に知識を蓄積するかよりも、
探しているものの探し方、学び方、どういう人に聞けば良いかといった
ネットワーク力とコミュニケーションスキルの方が求められる、と。

従来の研究者は、自身の研究企画に沿って
研究を進めるのが主流だったのが、今は不確実性が高く、
企画通りには物事が進まない時代であることをふまえてでしょうか。

伊藤氏は、
十分な企画段階を経ずに、アイディアベースでプロジェクトが発生しても
研究者同士がつながり、「Power of Pull」 を発揮することで、
よりスピーディーに、より付加価値性が高い開発が可能になるのでは、
とも示唆されています。

近年、「ネイチャー」でも、日本の研究能力の低下が指摘されています。
Elsevier の SciVerse Scopus データベースによると、
2006 年から 2010 年に英国の大学が発表した論文数は 12.7 %、
ドイツは 15 % の増加だったのに対し、
日本は 4.3 % の減少だったそうです。(※2)

この事態を懸念する大学・大学関係者から、
いかに研究の質を上げるのかについてご質問を頂くことが増えてきました。

「The Power of Pull」を発揮する支援と考えると、
研究者のコミュニケーション力を上げることでしょうが、
私は、隣の人、隣の研究室に興味を持つことが
もっともシンプルなことなのではないかと思います。

スタンフォード大学ビジネススクールのマーガレット・ニール教授によると、
食事をしながら交渉を行われた場合、食事なしで交渉するより
著しく高い成果を挙げるそうです。(※3)

しかも、競争的な場であればあるほど、
建設的な成果物につながる傾向があるそうです。

研究者同士は、ある意味、いい競争相手同士。
建設的な成果物が生まれる可能性が高い、ということでしょう。

研究者でなくとも、
普段あまり話さない人と一緒に朝ごはんを食べてみたくなりませんか。


【参考資料】
※1
伊藤穣一MITメディアラボ所長 「MIT Media Lab @Tokyo 2012」での講演録

※2
Nature doi:10.1038/nature.2012.10254

※3
Melissa C. Thomas-Hunt, Tonya Y. Ogden, Margaret Ann Neale,
'Who's Really Sharing? Effects of Social and Expert Status on Knowledge Exchange within Groups'
Management Science. April 2003, Vol. 49, Issue 4, Pages 464-477.

※営利、非営利、イントラネットを問わず、本記事を許可なく複製、転用、販売など二次利用することを禁じます。

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