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能力開発を脇に置く

能力開発を脇に置く
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社会心理学という学問があります。

この世界では、運命の主人は「人」ではなく、「環境」。

その社会心理学の大家で、ハーバード大学のエレン・ランガー教授は、1981年に、「時計の反対回り」という実験を行いました。

高齢者に5日間、その人が「25歳の頃に過ごした環境」の中で過ごしてもらうのです。ラジオから流れる音楽も、ニュースも、本も、着る洋服も、25歳の頃のものに「仕立て」ます。

実験スタッフは、高齢者たちを、完全に健康で若々しい「25歳として」扱います。実験後、驚くべきことに、高齢者たちの視力、聴力、記憶力が改善し、外見も著しく若返りました。

私が大学生の時、開成高校出身の友人に、「なぜ開成からはあんなに多くの人が東大に入るのか」と尋ねました。何か特別な進路指導があるのか、と。

友人は、「特に何もない。開成に入ると、東大に行くことが当たり前のような雰囲気があるだけ」と、にこにこ笑いながら答えてくれました。

環境は、人のビヘイビアとパフォーマンスに、大きな影響を与えています。おそらく、当人が認識している以上に。

それは、企業においても同様のことが言えます。

人材をうまく育成していることで有名な、ある企業の専務を訪問したときのことです。

「人材育成がうまくっている理由は何か」と尋ねると、「この会社では新入社員が入ってくると、彼ら彼女らを『家族』のように扱うのです」と言います。家族だから、どんなにできが悪くても縁を切ったりしない。なんとかなるように、とことん「親」や「兄弟」は「子供」に関わる。この会社の社員にとって、部下や後輩を育成することは、至極当たり前のことなのです。

バリューを明文化し、そのバリューがあることをアイデンティティにさえしている外資系のある企業。

社長は言います。「この会社で社長をするのは、ある意味とても楽です。社員にバリューが浸透していて、そのバリューに基づいて多くの社員が行動しているから。それを維持する仕組みもある。文化を新たに構築する必要がないのは、社長として、とてもラッキーです」

通常、企業は社員「個人」の能力開発をしようと考えます。

新人研修からOJT、メンタリング、コーチングも、「個人の能力開発」として使われるケースが多くあります。

しかし、あえて、検討してみても面白いのではないかと思うのは、個人の能力開発という考え方を脇に置き、環境、いわゆる「組織風土」を作ることにもっと多くのエネルギーを傾けてみる、ということです。

今、大学ラグビーでは帝京大学が6連覇中で、今年はトップリーグのチームからも1勝を上げました。

帝京ラグビー部の関係者に「どうして帝京はあんなに強いの?」と聞くと、「とにかく全力でやるのが当然という雰囲気があるんですよね。誰も手を抜いていない」

帝京だけでなく、強いスポーツのチームには、選手が「その気」になる風土があります。

スポーツですから、もちろん個々の能力開発のための手法もいろいろ導入されているわけですが、トップレベルのチームになると、そこにそれほど差があるとは思えません。それよりも、違いが大きいのは風土。

育成が風土になれば、育成するし、全力を尽くすことが風土になれば、必死に事に向かう。新しいことを発想することが風土になれば、人は新しいことを発想するように意識を傾けます。

では、どうすれば風土を構築することができるのか。

冒頭のランガー教授の実験がヒントを与えてくれます。

まずは、どんな風土を作りたいのか、風土や環境をしっかりデザインする。そこで交わされるコミュニケーション、言葉、置かれている物、身に着ける服装...。できる限り細部までデザインする。そして、その風土が既に実現しているものとして、完全になりきって振る舞ってみる。視線、口調、ものの見方...。

まずは、少人数のチームで始めてみてはどうでしょうか? デザインして、そしてなりきる。

風土を構築するには時間がかかると言われます。しかし、今日を明日を戦い抜かなければならない企業に、その時間の猶予はないでしょうだから、描いて、そこに自分たちを当てはめる。高齢者の視力や聴力が改善したように、個人の仕事のパフォーマンスが影響を受けるかもしれません。


【参考資料】
Art Kleiner., 2015
"The Thought Leader Interview:
Ellen Langer on the Value of Mindfulness in Business"
strategy+business
Published: February 9, 2015
Copyright 2015 PwC

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