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半径10メートル

半径10メートル
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「期待していた若手リーダーが退職を申し出てきました」

大手メーカーで事業部長を務めるA氏は、悩ましい表情で語りました。

A氏は、1,000人を超える組織のトップとして、若手に未来を残したい、そう決意して経営をしてきたはずでした。

骨太な将来ビジョンにストレッチした業績目標、それを実現するために考え抜かれた戦略、これらを組織に浸透させ、フォロワー達を鼓舞する。

時空を超える大きな成功イメージを創りそれを社員の心の中に浸透させ、圧倒的な業績を叩き出す。

A氏は、これこそ発揮すべきリーダーシップの核心だと信じていました。

自分のビジョンは、社員の心に火をつけているか?
自分の牽引力により、組織は強く前進しているか?

ストイックなまでに自らに問い、自らを戒めるA氏。

それなのに、ある時、急に聞こえてくる将来人材達の退職。それが起こっている現実でした。

会社や風土に合わない
仕事が魅力的ではない
未来が描けない

もっともらしく報告される退職理由が、本音でないことだけは直感していました。

自らのリーダーシップ、組織運営は、今も未来も業績を叩き出すものとして相応しいのか、A氏は、自らのリーダーシップと組織状態をアセスメントで測ることにしました。

・トップのビジョンは明確か?
・実現を信じられるか?
・組織には、課題に前向きに取り組む風土があるか?
・チームで、課題解決の打ち手を議論できているか?
・上司から未来への情熱を感じるか?
・上司と対話はできているか?

意見交換を通し、組織業績を生み出す上で重要と思われる要素を洗い出し、シンプルで重要な問いに変え、それらを社員に問いました。

結果、退職者が発生している組織に見られたおおよその傾向は下記の通りでした。

・A氏の語るビジョンは明確
・組織風土は可もなく不可もない
・チーム内での課題解決は、あまりない
・上司の未来に対する情熱は感じづらい
・上司との対話は非常に少ない

上記とは別に、自由記述のコメントも収集しました。そこには、明らかに社員の失望が反映されていました。

・上司は自分には無関心
・上司に期待することは特にない
・目の前のやるべき仕事をやるだけ
・トップはビジョンを語る前に現実を知るべき

A氏は、息も吸わず一心不乱に書面に目を通していました。そして、深くため息をつきました。

「...足元が問題だ」

しばらくして、A氏は自らの体験談を語り始めました。

「自分が若い頃も、状況は今と同じようなものだった。
 自分も、何度も辞めようと考えた。
 自分の場合、仕事がうまくいかないことが多かった。
 ただ、そんな時、何の利害関係もない1人の先輩が、
 なぜか自分を「観て」くれていた。
 なぜ彼が自分に関心を持ったのか、未だに理由は良くわからない。
 しかし、ことある毎に、飲みに連れて行かれた。
 通りかかる度に、お前Happyにしているかと、聞いてきた。
 直属の上司ではない人です。
 彼の半径10メートルにいた私は、よっぽど気になったのかね。
 まぁ、あの人が居なかったら、今の自分はありませんよ」


ある調査では、部下の幸福に関心がない上司の下では、40%の社員が仕事の質を落とし、生産性を下げ、事故等の課題を発生させる、そして、弱みを指摘する上司の元では、その数字が22%に落ちる、と指摘されています(※)

自分自身のことを語りながら、A氏は何かに思い当ったようでした。そっとノートを拡げ、「半径10メートル」と書き留めました。

その日以降、A氏は、「遠い未来のビジョンを語る」のと同じ熱意で、「半径10メートルの人を観る」ことの意義を語り始めました。

「声をかけ合いましょう」
「あいさつをしましょう」
「半径10メートルを大切にしましょう」

高所から遠い未来を語っていた戦略家が、現場の至近距離にズームインし始めました。

語る内容も、大きなビジョンの話の中に、未来の業績を叩き出すはずの「主語のある人々」の日常的な話題が登場し始めました。

半年間、活動を継続し、その後行った再調査では、「ビジョンを語る前に現実を知るべき」という類の指摘は完全になくなっていました。

「半径10メートル」

今日、そこには、誰の姿が見えるでしょうか?

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【参考文献】

『幸福の習慣』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)
トム・ラス (著), ジム・ハーター (著), 森川 里美 (翻訳)

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