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エビデンス(科学的根拠)から始めるコミュニケーション
2015年07月22日
教育の効果を、科学的根拠から解き明かした書籍、『「学力」の経済学』に、興味深い研究結果がありました。(※1)
その中からみなさんに問題です。
A、Bのうち、どちらが子供の学力を上げる効果があるでしょうか。
A: テストでよい点を取ればご褒美をあげる
B: 本を1冊読んだらご褒美をあげる
正解は、B。
Bのグループは、学力テストの結果が上がったそうです。一方、Aのグループは、意外にも、まったく改善しませんでした。理由としては、Aのグループは、やる気はあったものの、具体的に何に取り組めばよいかが分からなかったからとのことです。
「どんな教育が効果的なのか?」といった問いについては、
「ご褒美はあげない方がいい」
「とにかく褒めることが大事」
「幼いうちは厳しい方がいい」
など、個人がそれぞれの経験を元に、持論を持っているのではないでしょうか。
こうした、自分の「経験論」に頼るのでなく、実験などによって客観的に測定し、科学的根拠に基づいてアプローチをすることを「Evidence-based」(科学的根拠に基づく)と言います。アメリカの教育では、Evidence-basedに力をいれており、前述の実験は36,000人を対象に94億円もの費用をかけて行われたものだそうです。
また、医療の領域においても、Evidence-based Medicine(根拠に基づいた医療)の考えが日本でも浸透してきました。そのため、医療領域でのコーチング活用においてはさまざまなエビデンスが発表されています。例えば、次のような調査結果があります。(※2)
喘息の児童191名を、通常の治療を受けるグループとコーチングを受けるグループの約半分に分け、2年以内の再入院割合を調査しました。
その結果、通常の治療を受けたグル―プは、59.1%が再入院したのに対し、コーチングを受けたグル―プは36.5%だったそうです。
コーチング研究所でも、Evidence-basedでコーチングの効果を最大化する取組を行っています。具体的なアプローチとしては、コーチングのプロジェクトに参加するリーダーと、そうではないリーダー(次年度の参加者など)を分け、リーダーのコミュニケーション能力や職場の活性度を測定し、効果を比較します。
また、コーチングプロジェクトに参加したリーダーの中でも、変化の大きかった人と、そうではない人がいます。それに対しては、結果を分かつ原因がどこにあったのかを調査します。
例えば、参加する際のモチベーション、上司のフォロー、海外での言語障壁など、原因は組織によってさまざまです。原因を明確にした上で、そこに手を打ち、次のプロジェクトを始めることで、成功の確度を高めていきます。
ただ、ビジネスの最終指標である「業績」をゴールとする取組は教育や医療と幾分状況が異なります。教育や医療で効果があると証明されたものは、その条件下では効果を出すことが可能であり、再現性があります。同じ条件であれば、薬は必ずその効果を発揮してくれます。「エビデンス(科学的根拠)」を明らかにすることは、ひとつのゴールと言っていいでしょう。
一方、ビジネスは複雑系であり、ビジネス環境は日々めまぐるしく変化するため、同じ条件が揃うことはありません。そのため、発見した方法は、しばらくすると通用しなくなります。
つまり、業績を上げるために必要な組織風土、個人の能力は、常に変化していくものです。エビデンスがあるというと、それが絶対の答えで、「それ以上は考えなくてもよい」という印象がありますが、ビジネスの人材開発においては、そうではない、ということです。それまでに分かったエビデンスを足掛かりに、「それが今後も効果的か」「現状で応用するにはどう改良するかべきか」ということを議論する必要があります。
つまり、エビデンスはゴールではなく、コミュニケーションのスタートなのです。人材開発の方針を決める際、あなたの組織は、過去の事実や思い込みの経験論に偏重していないでしょうか。
エビデンスを確認し、そこから対話を始めてみませんか。
【参考資料】
※1)
『「学力」の経済学』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)
中室牧子(著)
※2)
Fisher, Edwin B., PhD, et al.
"A Randomized Controlled Evaluation of the Effect of Community Health Workers
on Hospitalization for Asthma: The Asthma Coach."
Archives of Pediatrics and Adolescent Medicine 163.3 (2009): 225-32. 2 March 2009
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