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「コンフリクト」を避ける自分とのコンフリクト
コピーしました コピーに失敗しました人は、自分が「当然だ」「正しい」と考えていることに対して、他人から疑問を投げかけられたり、違う意見を言われたりするのは苦手なものです。
エグゼクティブ・コーチングのクライアントである某消費財メーカーCEOのK社長は、セッションの中で、こんなことを言われました。
「うちの取締役会は、私が社長に就任したときからずーっと、水を打ったような『御前会議』なのです」と。
自分の発言が、何の議論もされないまま通っていく...。
一見、心地いいものも、意思決定のプロセスに不安を感じ始めていたK社長から、「役員たちの本音を聞いてほしい」と、匿名のインタビューを依頼されました。
インタビューから分かってきたのは、K社長がさまざまな方法で部下に「意見を言わせない、話させない、黙らせる」リーダーだ、ということでした。
「社長と違う意見を言おうものなら、目つきが変わるのが分かり、とても言えません」
「うちは言ったもの負け、言い出したその人の責任業務が増えるだけ」
「社長は圧倒的な存在です。ご自身が正しいと思っていますし...」
中でも、K社長が一番ショックを受けたコメントは、
「いろいろ言いましたが、あまり波風立たせないでくださいね。うまくやっていますし」
という、保身的で事なかれ主義に聞こえる役員の声でした。
そこに見えてきたものは、K社長の持つ信念に疑問など抱けば、仕事も地位も将来も、すべて失うかもしれない、とおびえる役員の姿。
また、K社長の周りには、K社長に賛同するものばかりで、異質なものは排除することで互いに居心地の良さをつくりだしている経営チームの風土でした。
自らがCEOであり、著述家であり脚本家のマーガレット・フェファーナンは、著書『見て見ぬふりをする社会』の中で、次のように述べています。
企業の不正や、会社の存続を揺るがすような大惨事は、情報が隠されたことが原因ではなく、情報が見えているにも関わらず、その情報を扱うと生まれるかもしれない「コンフリクト」(意見の衝突や不一致、対立のこと)をお互いがおそれ、みなが意識的に目をそむけた結果である、と。(※1)
実に、欧米企業の役員の85%が、仕事上における対立をおそれ、問題を提起せずにいる、というのです。そこに重大な危機が迫っているかもしれないのに、です。
なぜ、私たちはそれほどまでに「コンフリクト」を避けるのでしょうか。
私は、コンフリクトには、避けてもさほど問題にならないものと、避けるとあまりに代償が大きいものがあり、経営に近いポジションになればなるほど、「コンフリクト」から避けようとする「自分自身」とのせめぎ合い、つまり「自分とのコンフリクト」を乗り越える必要があると考えます。
コーチング研究所のデータに、エグゼクティブ層の「コンフリクト」に関するものがあります。
エグゼクティブ・コーチングの成果について、クライアント101名にリサーチしたところ、目標達成の度合いが高いエグゼクティブは、そうではないエグゼクティブに比べ、次の2つの項目について顕著な有意差があることが分かりました。(※2)
(1) 苦手な人に対しても、自分から関わりを持てるようになった
(2) 価値観や意見の違う人とでも信頼関係が築けるようになった
「そこそこ」のエグゼクティブが手に出来ず、目標達成の度合いが高いエグゼクティブだけが手にしてきた能力こそ、「素の自分では関わりたくない、意見対立するような相手とも関係性を築ける能力」すなわち「自分とのコンフリクト」を乗り越える力だということがここからも読み取れます。
過去に、圧倒的な成功体験を積み重ねてきたであろうエグゼクティブにとって、自分自身のさらなる変化や成長は、難しいと感じているかもしれません。
でも、目標達成の度合いが高いエグゼクティブたちは、「人とのコンフリクト」を避けようとする「自分とのコンフリクト」に向き合い、その力を身につけてきた、とも思うのです。
先ほどのK社長とのセッションは回を重ねています。K社長は、インタビューのフィードバックの後、数回のセッションを経てこんなことをお話くださいました。
「僕は、この会社の未来のために、本当に、ほんとうに、丁々発止、部下と本音で意見を交わしたい、それに挑戦したいです」と。
「本当に、ほんとうに」部下たちと本音で意見を交わしたい、と思いながら、コンフリクトを避け、K社長が無意識に優先させてきたものは何か、K社長と私は、K社長のこれまでの行動に着目しました。
K社長は、部下の意見をほとんど聞いていませんでした。たまに意見する役員には、自分の方がいかに知っているか、いかに優れているかを示す一言をつけ加えていました。マネジメント能力とは関係なく、自分と同じ意見の社員を役員へ抜擢していました。
「Kさん。あなたが恐れているものはなんですか?」
「Kさんが本当に手に入れたいことはなんでしょうか?」
これを丹念に丹念に何度も問うていくことになりました。
Kさんには、自分の判断への強い自信がありました。誰よりもこの会社を愛し、つくり上げてきた自負がありました。
一方で、ここまで登りつめてたからこその失敗への恐れや、業績目標を達成できないことへの恐れ、異なる意見を言われ、プライドを傷つけられることへの恐れを抱いることも見えてきました。
そしてもちろん、「人とのコンフリクト」も恐れていました。
役員の方々が本当に本音で話しをし始めるには、まだ時間はかかるかもしれません。でも、確実にK社長の役員への関わり方は変わってきているように思います。
そしてまた、K社長は、役員たちが「コンフリクト」を乗り越える力も同時に引き出していかなくてはなりません。
それは、経営チームとしての最重要ともいえる共同作業です。
あなた自身は、「人とのコンフリクト」を避けようとする「自分とのコンフリクト」と、どのくらい向き合い、乗り越えようとしていますか。
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【参考資料】
※1
『見て見ぬふりをする社会』(河出書房新社)
マーガレット ヘファーナン (著), 仁木 めぐみ (翻訳)
※2
「経営者が目標達成するために身につけるべき能力とは」
2015年 コーチング研究所調査
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