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変革には「SA>LA」

変革には「SA>LA」
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企業を担うリーダーはいま、常に組織変革を問われている存在です。

組織論の第一人者でもあるエドガー・シャインは、組織変革が成功するための、ひとつの尺度として、「SA」と「LA」の関係性を説きます。

「SA」とは「Survival Anxiety」、つまり、生き残れるかという「危機感」と置き換えてもいいかもしれません。
「LA」は「Learning Anxiety」。新しいことを学ぶことへの「不安」を意味します。

新しいことを学ぶことは、喜びでもありますが、一方で、何かしらの負荷や苦痛をもたらす可能性があります。特に現状に満足している人にとっては、その傾向が強くなります。

シャインは、変革が起こる前提を、「SA >LA」の状態としています。

たとえば、英語が必要不可欠になる会社では、英語ができないことは、その会社での生き残りが難しくなります。この危機感が「SA」にあたります。そして、英語を学ぶ過程で起こるであろう、さまざまな負荷や苦痛、不安などが「LA」になります。

「危機感(SA)」が英語を学ぶ「不安(LA)」を凌駕する状態「SA > LA」になれば、変革に向けたストーリーが始まる、ということです。

組織変革では、社員の危機感を喚起するために、さまざまな方法で、SAを高める試みが行われます。そして、時に危機感の喚起にのみ、意識が向く傾向があります。

しかし、「LAを下げる」という逆のアプローチで変革を促進していく方法もあります。シャイン自身も、SAを高める、すなわち緊張感や危機感を高めるだけでなく、LAを下げることで、相対的にSAを高める知恵を持つことが必要だと説いています。

そして、LAを下げる方法には、魅力的なビジョンの共有や、新しい方法を学ぶトレーニングの提供、コーチングの利用などを挙げています。

例えば、先ほどの英語の例では、英語が話せることで、新たに開かれる世界や可能性の広がりに触れる。あるいは、いきなりビジネス上の難しい教材を使うのでなく、映画やコミックなど、学習者が興味のある題材からスタートする。ひとりで学ぶと途中で挫折することもあるので、コーチをつける。仲間同士で励まし合いながら学習する、などです。

以前、私が、コーチングさせていただいた食品メーカーの経営者の方は、社長就任と同時に、社員の意識変革に着手されました。

商品開発の遅れで、競合に大幅に後塵を拝しており、社長は、研究・開発や製造、販売に至るまで、スピード感が最も重要な意識改革の1つと捉えていました。

ですから、機会を捉えては、いかにスピードが大事か、スピードがないことで、どれだけビジネスチャンスを失っているのかを、社員にたびたび説いて回りました。

すなわち、SA(生き残れるかという危機感)の喚起です。

しかし、長い間、「商品の安心・安全」が大事な価値観として根付いている社内では、「安心・安全の担保」が何よりも優先され、スピードを求める業務改革は、社長の期待どおりに実行されない現状にありました。

コーチングでは、「安心・安全」を担保しながら社員のスピード感を変えることがテーマとなりました。

・安心、安全で、おいしく健康にも良い商品をお客様の食卓にスピード感をもってお届けするには何ができるか?
・それを実現する会社の社会的な信用や評価は一体どんなものなのか?
・その変革プロセスで体験できるであろう、社員一人ひとりの成長やチャンスとはどんなものだろうか?

社長はたびたび語り続けるようにしました。

同時に、組織や階層ごとに、「スピード感ある会社」がもたらす自分たちの未来について語る会が定期的に催されました。また、安心や安全を担保しつつ、スピード感をもって商品を開発する方法や、他業種や他社の成功事例の勉強会を企画運営していきました。

その甲斐あって、社長の想いは、しだいに社内に浸透していきました。重要な案件会議では、「迷った時は、一番早い方法」が選択されるようになりました。決済のプロセスも大幅に短縮。研究から開発、製造、物流、販売に至る横串プロジェクトが発生し、商品開発のスピード化が図られました。

改革を進行する社員の方々にインタビューをしました。
すると、多くの社員が、

「最初はとまどいもあったが、なぜスピードが大切なのか、どうやったら少しでも早く商品を食卓に届けることが可能なのか、そのディスカッションを通して、新しい方法や共通の将来ビジョンが描け、チーム一丸となって、同じ方向に向かっていることを実感している」

と語っています。

SA(生き残れるかという危機感)の喚起ばかりでなく、リーダーが魅力的なビジョンを語ること、社員同士でビジョンやスピードについて語ること。そのことで、新しいことに向かう「不安(LA)」を低減させ、変革のアクセルを大きく踏み込むことも可能になります。

危機感や不安の喚起でリーダーは変革の火をおこすことはできますが、その炎を消さずに広めていくためには、新しいことを学ぶ不安を低減する知恵も磨くことも大切なことです。


【参考文献】

『企業文化--生き残りの指針』(白桃書房)エドガー・H. シャイン(著), 金井 寿宏 (監訳)

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