Coach's VIEW は、コーチ・エィのエグゼクティブコーチによるビジネスコラムです。最新のコーチング情報やコーチングに関するリサーチ結果、海外文献や書籍等の紹介を通じて、組織開発やリーダー開発など、グローバルビジネスを加速するヒントを提供しています。
「組織の知」を高める
コピーしました コピーに失敗しました組織が学習能力を高めることは、企業の生き残りに必要な要素のひとつです。学習能力を高める方法として、社内グループウェアを利用し、お客様情報やベストプラクティスなどの情報をシェアする。つまり、「情報共有」を通して組織パフォーマンス向上に結びつける試みは、多くの企業で導入されています。
しかし、ひとりの人間が多様で大量の情報を処理するには限界があります。そこで、組織の学習に大事な情報共有は、「社員が同じ情報を知っていること」よりも、「誰が何を知っているのか」を知ること、つまり「What」よりも「Who knows What」である、とするコンセプトがあります。
1980~90年代に米ハーバード大学の社会心理学者ダニエル・ウェグナーは、このコンセプトを「トランザクティブ・メモリー」として確立しました(※1)。その後、多くの研究者の調査で、トランザクティブ・メモリーが高い組織ほど、パフォーマンスの高いことが報告されています。
さらに、メールや電話でのコミュニケーションより、「直接対話」でのコミュニケーションの方が、トランザクティブ・メモリーを高める効果があるようです。(※2)
では、社員がトランザクティブ・メモリーを高める「直接対話」は、組織の中でどんな関わりや環境があれば生まれるのでしょうか。
真っ先に思い浮かぶのは、多様な人と安心して話せる場があるかどうかです。年齢や人種、職種や部門、役職を越えて自由に表現できる場であれば、お互いが何を知っているかを知る機会になります。反対に、緊張感が高く、話すことさえ躊躇する環境では、お互いを知る機会が乏しくなることは自明のことだと思います。
ある商社では、以前廃止した社員寮を復活しました。寮で社員同士が部門を越えて自然にコミュニケーションを交わす機会をつくることで、部門内に閉じこもりがちなコミュニケ―ションを打破する。これは、組織内のコミュニケーション基盤を強化する試みのひとつだそうです。
情報が最も大事な武器のひとつである商社が、ビジネスを成功させるために「今一番必要な情報を誰が持っているか」を知る環境創出のひとつのモデルと言えるでしょう。
また、研究所の真ん中にカフェを設置し、専門の異なる研究者たちが、自由にコミュニケ―ションできる場を用意している企業もあります。気軽な会話からお互いが得意なことや知っていることをシェアすることで、新たなイノベーションが起こることがあるといいます。
会社のリーダーである役員同士がいかにコミュニケーションを深めるかも、組織の学習能力、つまり、トランザクティブ・メモリーの向上に大きく影響すると言えます。
コーチング研究所が実施した32社の会社役員に対する「イノベーティブな風土と社員同士のコミュニケーションの関係」に関する調査結果(※3)によると、「イノベーティブな風土」に最も関係する組織内コミュニケーションは「組織トップのコミュニケーション」と「現場社員間の所属部署の領域を越えた協力関係」で、0.7を越える強い相関がみられました。
「組織トップのコミュニケーション」と「現場の部門間シナジー」の2項目にも、0.85の強い相関がありました。つまり、組織のリーダー同士のコミュニケーションの頻度や量が、現場の社員同士のコミュニケーションの量や頻度に影響する可能性があるということです。
すなわち、組織トップ同士のコミュニケーションは、組織のトランザクティブ・メモリーを高める土壌をつくることを意味します。
しかしながら、コーチング研究所の調査では、役員同士のコミュニケーションは役員たち自身が望む量の2分の1も取られていないのが現状だそうです。
私がコーチングする企業経営者で、役員同士のコミュニケーションが活発化しないことを懸念し、オフィシャルな会議以外に、朝食会を設けた方がいます。その朝食会では、経営会議では話さないような会社の未来の話や多様な会話をすることを意識して行っています。カジュアルな会話から、他部門の役員や社員がお客様に大切な情報を持っていることがわかり、短い時間で、課題解決が可能になることなどがあるそうです。
役員間のコミュニケーションが活性化した結果、部下同士のコミュニケーションも活性化し始めているという話をうかがいました。この企業では、組織のトランザクティブ・メモリーが向上していることは間違いないと思えます。
そうであるならば、リーダーとして、まずは役員が他の役員とコミュニケーションをとる場と環境を用意することが大事です。そして、役員自ら、お互いのコミュニケーションをスタートし、役員同士のトランザクティブ・メモリーを高める。
それがひいては、会社全体の組織の学習能力を高めていくことにつながります。
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【参考資料】
※1 Wegner DM1, Erber R, Raymond P.
Transactive memory in close relationships.
Journal of Personality and Social Psychology.
1991 Dec;61(6):923-9.
※2 『ビジネススクールでは学べない 世界最先端の経営学』
入山 章栄 (著)、 日経BP刊
※3 コーチング研究所調査「イノベーティブな風土と役員間のコミュニケーション」(2015年)
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