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相手の成長のために、あえて相手の無知に足を踏み入れる
コピーしました コピーに失敗しましたコーチの仕事を始めて18年になります。コーチングをお客様に提供する一方、自分自身にも、ずっとコーチをつけてきました。コーチをつけ続ける最大のメリットは、「自分が何を知っていて、何を知らないのか」を、都度都度はっきりできることではないかと思っています。
自分が「知らない」ことを自覚するのは、心地のいいものではありませんが、学びに対する意欲が衰えない、そう感じています。
“知らない”ことを自覚するとは?
「無知の知」という言葉があります。
「“知らない”ということを自覚することが、真理に至る最善の道である」とする、ギリシアの哲学者、ソクラテスの考え方です。
人が、時に相手に質問することを戸惑うのは、それが、「相手が知らない」ことを白日の下にさらしてしまう可能性があるからです。コーチングでは、相手が自覚のない、意識の向いていないこと、つまり「すぐには回答を生み出せないところ」に向けて質問していくことがままあります。当然、相手は、「自分は知らない」「自分は分かっていない」と刺激されます。
例えば、社長さんに「あなたが発信する会社のビジョンについて、若手の社員はどのように受け止めていると思いますか?」と聞いたとします。それに対して、相手が、「まあ、概ねはわかってるんじゃないかな」と答えたとします。
コーチは、その答えに対して、「そうですか」とすぐに受けてしまうのではなく、「『概ね』とはどういうことでしょう?」とさらに聞いていきます。相手は、「ん~、具体的には、どの位理解しているかはわからないな...」と答えるかもしれません。そうした場面で、「では、どうすればわかるでしょう?」と、解決にむけた質問を早々にしてしまうと、相手は「自分が知らない」という点には直面しません。
そこで、「なぜ、わからないのでしょうか?」「わからない背景には何があるでしょうか?」など、 “興味を向けて”質問していきます。
相手の「無知」にフォーカスを当てて問いかけを繰り返していると、「確かに、自分はそれを知らない」ことへの自覚が生まれ、「無知の知」が起こり、初めて「知りたい」と思い、「知るための行動」が自発的に生まれる可能性が高くなります。
相手の「無知」に踏みこむとは?
先だって、私のクライアントである、大手メーカーの専務に、「役員の方たちは、参加している経営会議についてどんなことを思っているのでしょう?」と伺いました。「まあまあだと思っているんじゃないですか」と答えられたので、「『まあまあ』とはどういうことでしょうか?」と、さらに具体的に聞いていきました。
「知っているべきことを知らない」ことが明るみになり、専務に恥をかかせるかもしれないというリスクを感じながらも、コーチとして、質問して、質問して、質問しました。
結果的に専務は、「確かに、自分は経営会議のメンバーが会議について何を思っているかを知らない」というところに行き着かれました。その後、専務は経営会議のメンバー一人ひとりと30分の時間を取り、経営会議についてヒアリングしました。
自分が関わる誰かに何かを学んで欲しいと思ったら、まずは「確かに知らない」ということを認識してもらう必要があり、それには、質問が有効に機能します。
ただ、知っていることについて質問をするのと違い、「知らないと思われること」について質問を向けることにはリスクが伴います。相手が不快に感じたり恥をかかされたと思ったりする可能性があるからです。
実際、ソクラテスは、アテネの賢者を訪ねてはたくさんの質問をぶつけ、答に窮させ反感を買いました。賢者たちは最後にはソクラテスを排除するために、疑わしいと思える罪状を挙げて裁判にかけ、死刑にしてしまいます。
今の日本で、周りの方に質問をして死刑になることはないと思いますが、時に、相手によっては躊躇を覚える行為ではあります。ですが、相手の学びや成長を加速させるために、あえて、「相手の“無知”に足を踏み入れる」ことは価値があることだと信じています。
「この人が知らないことはなんだろう?」そこに意識を向けて質問していく。ぜひ部下に、上司に試してみてください。上司である役員に「あなたのビジョンについて、事業部の若手はどう思っていると思いますか?」と聞くのは覚悟がいるかもしれません。が、ちょっとした爪痕くらいは残せると思います。
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