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思考の前提を取りはらう上司のコミュニケーションとは

思考の前提を取りはらう上司のコミュニケーションとは
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液晶テレビの1インチあたりの価格をご存知でしょうか。

かつては1インチ1万円と言われていたのが、現在は32インチのハイビジョンテレビが3万円程度で売られています。およそ1インチ1000円の計算です。テレビの性能は、長い年月をかけて画質や重量など、さまざまな面で向上し、売り上げが伸びました。しかし、2000年代半ば、その性能が一般顧客の求める水準を超えて以降、製品の差別化が難しくなり、際限なき価格競争に陥りました。(※1)

“画面はきれいであるべきだ”という「前提」の元で性能向上を追及し、売り続けた結果、顧客の求める水準を超えた時点から改善の割には売上につながらない、ということが起きたのです。つまり、顧客が満足する水準への到達前に、過去の前提を根本から見直し、対応する機会を持つことが必要だったのではないかと思います。

しかし、日常の中で「根本」を見直すことは、なかなか難しいことです。

科学史の研究にみる「根本」を見直すヒントとは?

90年代後期に科学史を研究したMIT教授トーマス・クーンは、著書『科学革命の構造』で、科学における進歩がいかにして起こるのかを記しました。「パラダイム」という言葉はこの本で登場し、「ものの見方・考え方を根本的に規定している概念的枠組み」として現在も用いられています。(※2)

「パラダイム」とは、簡単に言えば「考えの前提となる共通認識」のようなものです。天文学でいうところの天動説、地動説にあたります。

クーンは「パラダイムに則った研究」を「パズル解き」に例えました。既存のパラダイムによって「こうなるはずだ」という完成図があり、それに向けた研究はパズルピースをはめていく作業のようなものだと考えたのです。

しかし、実際に科学者たちが研究を進めていくと、パラダイムでは説明のつかない現象に出くわします。パズルでうまくはまらないピースが見つかった、という状況です。そうした場合、科学者たちは既存のパラダイムに沿って考え、「理論を場当たり的にいじくって対処」する場合がある、とクーンは言います。

16世紀初期までは、天文学者は天動説の予測と実測値の食い違いに対して、理論体系に特別な補正を加えることで対応していました。その結果、天文学は複雑化し、一方を直せば他方に食い違いが現れるという有様だったそうです。

そこで現れるのが、コペルニクスの地動説という新しいパラダイムです。クーンは「変則性をより深く認識することが、理論の変革への前提となる」と述べ、パラダイムでは説明できない事象の変則性を認め、「既存のパラダイムを疑う姿勢」が、科学の革命的な発展につながることを示唆しています。「変則性」はビジネスでいうならば、思ったより売上があがらない、上手くいかないという事態といえるでしょう。

しかし、既存のパラダイムを疑うことは容易ではありません。というのも、当事者には「当たり前」のことであり、人はそもそも、「自分がどんなパラダイムを持っているのか」を認識できないことがあるためです。また、既存のパラダイムで成功体験があればあるほど、それを見直すのは難しいということもあるでしょう。

ビジネスでも、新しい市場が見えない、赤字部門でも継続してしまう、といったことがあります。例えば、眼鏡は「視力の矯正をするための道具」という前提の中にいると、ブルーライトをカットするための眼鏡や、花粉対策用の眼鏡という新たな可能性に目を向けるのは難しいでしょう。

既存のパラダイムから脱出するには?

こうした既存のパラダイムから脱出するためには、目の前のパズルから一旦顔をあげて、周りを見渡す機会を持つことが必要です。手をとめて、「今のやり方のままで本当にうまくいくのか?」「他にはどんな新しい方法があるのか?」などを考えることが、「新しいパラダイム」をつかむきっかけになると思います。

では、パズル解きに没頭している人をどうやってパズルから顔をあげさせるのか? 有効な関わり方のひとつは、根本に目を向ける「質問をすること」であると思います。

コーチング研究所が行った「上司の質問」に関するアンケート(※3)では、次のような主旨のコメントがありました。

・「理念実現の為に部下指導をどの様に行っているか?」を聞かれ、目先の仕事に追われている自分を見返すきっかけになった
・「顧客満足度を上げるためにどんなことができるか?」を問われ、常に「会社の存続」を考える必要性を認識した
・「人事や組織、戦略について君はどう思う?」と聞かれ、会社を担う意識がわき、責任感が高まった

根本に目を向ける質問が、目の前の業務へ集中し、視野から抜けている前提や背景について考えるきっかけになることの一例と言えます。

問いかけられた側は、「今の仕事の延長線上に会社の成長はあるのだろうか?」「理念と照らし合わせると、今の業務はどれくらい価値があるだろう?」など、「根本」に向けた自問自答が生まれ、パズルから一旦顔をあげることができるのです。

同調査では、「指示したことは進んでいるのか?」という通常業務、すなわち、「既存のパラダイム」について質問する上司が49%と、ほぼ半数の結果でした。これは、既存のパラダイムにパズルピースをはめる作業と言えるでしょう。一方、「会社の発展のために何ができると思うか」という根本に関する質問をしている上司は、23%と少なく、さらに、「上司から質問をされることはない」というコメントもありました。

この結果からは、上司の新しいパラダイムに気づくきっかけとなる関わりは十分ではない、という現状が浮かび上がってきます。

自分自身でパラダイムに気づくことが難しい分、上司が気づくきっかけをつくることが大切です。

あなたの周りに懸命にパズル解きをしている人はいないでしょうか。

パズル解きは、日常業務を進める上で重要な行動です。ただ、たびたび顔をあげて周囲を眺める機会がなければ、目指している完成像は努力の割に成果につながらなくなっているかもしれません。

パズルに夢中になっている人の顔をあげるきっかけは、あなたの質問でつくることができます。 その積み重ねが、新たなパラダイムを手に入れる土壌をつくるのではないでしょうか。

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【参考資料】
※1
『日本のイノベーションのジレンマ』(翔泳社) 
玉田 俊平太

※2
『科学革命の構造』(みすず書房)
トーマス・クーン 

※3
WEEKLY GLOBAL COACH 読者アンケート調査
「上司の質問に関するアンケート調査(No.10)」
実施期間:2016 年 4 月 6 日~4 月 26 日
回答者数:330 件

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