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リーダーが新たな視点を得る「レッドチーム思考」

リーダーが新たな視点を得る「レッドチーム思考」
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中世から20世紀まで、ローマカトリック教会には「悪魔の代弁者」と言われる役職を担う人たちがいました。彼らの役割は、場当たり的に行われていた聖人認定を改善すること。聖人候補者の人柄を評価し、その人が行った奇跡に疑問を投げかけ、聖人として認められることに反対することでした。そして、その反対意見をも越えた人のみを聖人認定することで、その神聖性や正当性を守っていました。

アフガニスタン紛争やイラク戦争の後、アメリカの指導者たちは、組織内に、「悪魔の代弁者」の役割を担う「レッドチーム」を根づかせていきました。「レッドチーム」は、たとえば、テロリストを装い、飛行機や重要施設に偽の爆弾や武器を持ち込めるかのテストを行ったり、軍事演習で仮想敵に扮し、アメリカ軍を無力化する活動を行ったりします。それらのプロセスを通して、アメリカ軍の組織の戦略の穴や弱点を見つけることを促進します。(※1)

何故、このように組織内に「反対者」ともいえる存在をつくることが必要なのでしょうか?

なぜ、あえて「反対者」を置くのか?

それは、私たちは組織や文化に馴染むことで、知らず知らずのうちに自分の言っていることや行動を「あたり前」のことと考え、客観的な判断ができにくくなるという傾向があるからです。

もし、組織のリーダーが自身の意見や信念に近いものばかりを選択する意識状態にあれば、自分とは真逆の意見や情報には、目がいきません。結果、組織運営に価値あることを見逃したり、反対に、組織の存続が危ぶまれる兆候を見過ごしたりすることにもなりかねません。

ある研究によれば、自分の信念を証明するデータが提示されると、チョコレートを食べた時と同様に、快感物質のドーパミンの分泌量が急激に増えるといいます。(※2) また、企業戦略の研究者であるマイケル・マクドナルドらの研究では、会社業績が悪化するほど、経営層は同様の意見をもつ人からのアドバイスを求める傾向にあるといいます。(※3)

「レッドチーム」的思考を取り入れる組織とは?

一方、グーグル会長のエリック・シュミットは、「会議中は、自分と異なる意見の持ち主を積極的に探す」と述べています。また、エイブラハム・リンカーンの「ライバルからなるチーム」は、自分の意見と反するものでも、自信をもって意見してくる人々をリンカーン自身が選んで構成されたといいます。シュミットやリンカーンは、組織の成功や成長のために「レッドチーム」的思考を意図的に取り入れています。

以前、私がコーチングしたある商社の役員は、過去の経験・実績とはまったく関係のない営業本部のトップに就任しました。彼は、就任直後から、お客様や、現場の部下たちとたくさん話す機会を設けていました。

その際、この役員は、「そもそも、何故、この戦略やプロセスなのか?」と頻繁に部下に問いかけたそうです。それは、新ビジネスについて早急に理解したいという想いからでた質問でした。しかし、その「問いかけ」を受けた部下たちには、ある効果があったようです。

「今まで知らず知らずのうちに、思考が止まっていたのに気づいた」
「新しいやり方や方法の可能性があることに気づけた」
などの意見がでてきたのです。

「このビジネスにおいては“異邦人”の私が、純粋な気持ちで何故? と問いかけます。すると、部下も、一歩下がった新鮮な視点で物事を振り返るきっかけになるようです」とその役員は語っていました。

日常に「レッドチーム」的思考を取り入れる方法とは?

私たちは、現実を、そのままみているわけでなく、「自分固有の解釈」を通して、理解し、みています。「解釈」とは、個人個人のフィルターのようなもので、言葉にすれば「~は~である」と言われるものです。

例えば、
「リーダーシップとはビジョンを共有する力だ」
「あの役員はリーダーシップがある」
「うちのビジネスのやり方はこれが正解だ」
など。

私たちは、「自分の解釈は正しいもの」と思っていますし、日常的に、その真偽を一つひとつ確認することはしません。なぜなら、頭は認知的負荷を減らすために、できるだけ、自動操縦状態にしておきたいのですから。そこに、疑問や問いかけはほとんど生じません。

そんな状況の中、「異種」な「問いかけ」は、思考の自動操縦状態を一旦ストップし、「あなたは今、世界をどうみているのか?」と脳内地図をあらためて探索させる機能をもっていると思えます。

コーチがクライアントにする「問いかけ」も「レッドチーム」的役割をはたしています。

「そもそも何故、こんなことをしているんでしょうか?」
「もしこの戦略と反対の戦略をとったとしたら、どんな結果になりそうですか?」
「貴社の今の成功パターンが生むであろう将来のリスクは何だと思いますか?」

相手が前提としているだろうことの根拠を問いたり、反対のことを意識させる視点の「問いかけ」には、見慣れた現実を未知のものとして考えさせる力があります。

そういった「問いかけ」は、今、そのクライアントが見ている現実の奥底までスポットライトを照射したり、あるいは、反対の面から照射したりするようなものです。そこには、「現実」に対する新しい価値や意味が見出されることが、しばしばあります。

イノベーション研究の大家クレイトン・クリステンセンも、「イノベーターは対象を破壊するために、『なぜなのか?』『なぜ違うのか?』『もし~だったら?』の質問を通して現状に風穴をあけ、直感に反する思いがけない解決策を探し求める」と言います。(※4)

リーダーも、時に、現状に風穴をあけるために、あえて「レッドチーム」的「問いかけ」をしていくことが必要です。

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【参考資料】
※1
『レッドチーム思考 組織の中に「最後の反対者」を飼う』(文藝春秋)
ミカ ゼンコ (著)、関 美和 (翻訳)

※2
集団浅慮、執着、確証バイアス・・・思考の誤りを正す『チーフ・チャレンジャー』
ノリーナ・ハーツ(2014年10月27日 ハーバード・ビジネスレビュー)

※3
『ORIGINALS 誰もが「人と違うこと」ができる時代』(三笠書房)
アダム グラント (著)、楠木 建 (翻訳)

※4
『イノベーションのDNA 破壊的 イノベータの5つのスキル』(翔泳社)
クレイトン・クリステンセン/ジェフリー・ダイアー/ハル・グレガーセン(著)、櫻井 祐子 (翻訳)

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