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助言をしてしまうときの対処法
2017年07月26日
自分で選べる人は、死亡率が低い。
こんな話を聞いたら驚くでしょうか。
コネチカット州にある高齢者施設で行われた実験で、こんな結果があります。(※1)
施設内の集団Aには、次のようなことが伝えられました。
- 入居者一人ひとりに鉢植えが配られ、その世話は看護師がする。
- 木曜と金曜に上映する映画の参加日は、予定を組んだ上で連絡する。
- 他の階に行って、おしゃべりするのは許されているが、健康は職員が管理する。
施設内の集団Bには、次のように伝えられました。
- 入居者は一人ひとりが好きな鉢植えを選び、世話は自分でする。
- 映画を木曜と金曜に上映するので、どちらに参加してもよい。
- お互いの部屋を訪ね、おしゃべりしたりするのは自由。
メッセージはそれぞれ異なるものでしたが、双方共に鉢植えを与えられ、週に一度は映画を見ることができました。また、施設の職員はどちらの集団も同じように扱い、世話をしたそうです。
それにも関わらず、3週間後には、集団Aの70%以上に健康悪化が見られ、集団Bの90%以上は健康状態が改善しました。さらに、6ヶ月後の調査では、集団Bは集団Aより死亡率が低かったことが判明したといいます。
この実験からは、「選択権がある」ことは、人に大きな力を与えるということが分かります。
なぜ、人は「助言してしまう」のか?
コーチングでは、相手自身が考え、決めるアプローチをとります。そうすることで、高い主体性を持って行動し、目標達成と能力開発を実現してもらいたいという意図があるためです。
しかし、コーチングを学ぶ管理職の人には、「コーチングの会話の中で、質問じゃなく、ついつい助言をしてしまいました」と話される方が少なからずいらっしゃいます。
マネジメントにおいて助言はもちろん重要ですが、コーチングの時間での助言はご法度です。コーチングでなくても、面談で部下自身に目標を決めてもらおうと思ったのに、ついつい自分の意見を伝えてしまった、ということがある方もいるのではないでしょうか。
このように、助言を控えるべき場面であっても、私たちは助言をしてしまうことがあります。
それは、なぜなのでしょう。
助言する人の傾向には、次の3パターンがあるようです。
営業部門の上司部下の会話を例に見ていきましょう。
助言パターンA
上司:次の四半期の営業戦略はどうしよう?
部下:そうですねぇ。
上司:どうやって数字を伸ばそうか?
部下:うーん、すぐに良い案が浮かばないです。部署の方向性も考えると、どんな戦略で進めるとベストでしょうか?
上司:そうだなぁ。部署としては新商品を積極的に売りたいんだよな。
部下:なるほど。じゃあ、私はどうすると一番チームの役に立てるでしょうか?
上司:まずは、過去の顧客リストを掘り起こして、新商品の案内を送ってみたらどうだろう。
助言パターンB
上司:次の四半期の営業戦略はどうしよう?
部下:そうですねぇ。
上司:どうやって数字を伸ばそうか?
部下:今は週に15件営業先を回っているので、それを20件にしようと思います。
上司:それも選択肢としてあるね。他には?
部下:空いている時間に、新規開拓の電話がけをしてみます。
上司:なるほど、それもいいんだけど、過去の顧客リストを掘り起こして、新商品の案内を送ってみるとかはどうだろう?
助言パターンC
上司:次の四半期の営業戦略はどうしよう?
部下:そうですねぇ。
上司:どうやって数字を伸ばそうか?
部下:うーん・・・・・・ (沈黙)
上司:(沈黙)
部下:(沈黙)
上司:参考になればと思うんだけど、たとえば、過去の顧客リストを掘り起こして、新商品の案内を送ってみるとかはどうだろう?
いずれか、もしくは全部、身に覚えのある方もいらっしゃるのではないでしょうか。
パターンAは、相手に「どうしたらいいでしょうか?」と質問されて、助言をした例です。Bは、相手より良いアイデアが思いつき助言をした例、Cは、沈黙の気まずさに耐えられず助言をした例です。
こうした助言パターンにはまってしまうと、部下が自分で戦略を考えて、行動を選択する機会は失われてしまいます。部下の側からすれば、上司の言うことの方が、成功確率が高く思えるでしょうし、言われたことを選ばないのも気が引けます。この状態が続けば、部下はますます上司に依存し、指示を待つ傾向が強くなっていくでしょう。
助言の背景にあるもの
では、上司が助言パターンにはまってしまう原因は何なのでしょうか。
原因のひとつに、両者の関係で優位でありたい、という誘惑に負けてしまうことが考えられます。
MIT教授のエドガー・シャインは書籍『人を助けるとはどういうことか』で、相手を支援する立場は、相手より優位なポジションであるといっています。さらに、助言をすることは、自分の優位性をさらに高める作用があります。
パターンA、B、Cのようなやりとりをした後、「やっぱり自分がいなければ、この組織はまわらないな」と思っている上司は、この「優位性の誘惑」に負けている可能性があるのです。
こうして考えると、上司も部下も、意識、無意識に関わらず、それぞれの思惑があり、助言パターンを使っているのです。
では、これらの助言パターンに、はまらないようにするにはどうしたらいいのでしょうか。
助言してしまう人にむけた、私のシンプル・クエスチョンとは?
私は、「つい助言してしまう」という話がクライアントから出てきた時には、ある質問を投げかけるようにしています。それは、
「その助言は誰のためになりますか?」
というものです。
ある管理職の方は、この問いに対して、しばらくじっと考えこみました。
そして、頭の中に次のようなことが駆け巡ったとおっしゃいました。
- 私の助言は本当に部下のためになるのか?
- それは、長期的に考えるとどうなのか?
- ただ早く答えを出したいだけではないか?
- 結局、自分のためになっていないか?
そして、その方は「これから助言をする前には、必ず『誰のための助言なのか?』と自問自答したい。おそらく、助言が相手のためになると思えることは少ないだろう」とおっしゃいました。
このように、上司の助言に対する姿勢そのものを変えることが、対策の半分です。そしてもう半分は、部下の側の「質問に対する姿勢」を変えることです。
たとえ、上司が考えさせる質問をしたとしても「自分はそんなことまで考えるような役職じゃない」「自分には分からないから教えてほしい」と部下が思っていれば、質問は空振りしてしまいます。
こうならないためには、「何のために質問に答えるのか?」を両者で共通認識を持っておくことが必要です。部下自身が、自分で考えることが、自分の能力向上につながるんだ、ということに腹落ちしていれば、上司への依存はなくなるでしょう。
コーチングでは、スタート時に相手と同意を取り交わすことを必須のプロセスにしています。コーチは「相手が自ら考え成長する時間にする」ことを、そしてクライアントは「何を行動するのか、自分自身で考える」ことを、互いに約束するのです。
こうした土台があってこそ、質問の効果が最大限に発揮されるのです。
ここまで見てきたように、上司と部下の会話には、助言パターンへの誘惑が存在します。まずは上司のあなたから、「何があっても助言をしない」ことを選択し、決断してはいかがでしょうか。
「助言をしないことが相手の成長につながるんだ」という強い思いがあれば、部下の回答を待てるでしょう。また、その思いが部下にも伝わって「ここは自分が答えを出す場なんだ」と部下の背筋も伸びるのではないでしょうか。
質問をしたら相手を信じて、何か答えるまでじっと待つ。助言の誘惑に駆られるかもしれませんが、じっと待ってみてください。そうすることで、ふたりの対話はそれまでにはない、新たな道への分岐を進むのではないしょうか。
そこには、自分で選び、決めた部下が力強い表情で立っているかもしれません。
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【参考文献】
・シーナ・アイエンガー (著)、櫻井祐子(翻訳)、『選択の科学』、文藝春秋、2010年
・エドガー・H・シャイン(著)、金井壽宏(監修)、金井真弓(翻訳)、『人を助けるとはどういうことか ~本当の「協力関係」をつくる7つの原則~』、英治出版、2009年
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