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変革を成功させるリーダーは「ビジョン」の前に「リスク」を語る

変革を成功させるリーダーは「ビジョン」の前に「リスク」を語る
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多くの企業が、生き残りをかけて社員の意識や組織の変革を推進しています。

その責務を担うリーダーの多くが、社員の変革意識を鼓舞するために「まず、魅力的な未来のビジョンを描き伝えよう」と躍起になります。

しかし、ハーバード大学のジョン・コッター教授は、大規模な変革を考えている100以上の企業を調査した結果、失敗の理由は、社員に今なぜ、変わらなければいけないのか、その「危機感」を浸透できなかったことだ、と説きます。

「危機感」はなぜ必要なのか?

組織心理学者アダム・グラントの著『ORIGINALS 誰もが「人と違うこと」ができる時代』に、ある思考実験が紹介されています。

自動車メーカーが、経済的な理由で3つの工場を閉鎖し6,000人の社員を解雇しなくてはいけない状況にあります。この状況への対応策として2つのプランが示され、被験者にどちらかを選んでもらいました。

ケース1

プランA:3つのうち1つの工場と、2,000人の職を救うことができる
プランB:3つのすべての工場と6,000人の職を救える可能性が3分の1である。だが、工場も職もまったく救えない可能性が3分の2である。

この調査では、80%の人が、プランAを選択しました。

では、次の選択肢ではどうだったか。

ケース2

プランA:3つのうち2つの工場と4,000人の職が失われる。
プランB:3つすべての工場と6,000人の職が失われる可能性が3分の2ある。だが、すべての工場と職を救える可能性が3分の1ある。

この選択肢では、82%がプランBを選択しました。

実は、理論上ではケース1も2も同じであるにも関わらず、「心理的に違ったものに見える」ために被験者の選択が逆転したのだそうです。

ケース1と2では何が違ったのか。

ケース1は、「得るもの(手許に残るもの)」に視点をおいた内容になっています。ケース2は、「確実に失うもの」を前面に出したものでした。

人は「得るもの」があるとそれを「守りたい」と思い、「失うもの」が明示されると、損失を回避するために、大きな困難にも立ち向かっていくようです。

この実験は、ノーベル賞を受賞したダニエル・カーネマンの「プロスペクト理論」につながる研究となりました。

「失うもの」に向き合わせる

この実験から、「失うもの」に向き合わせるというアプローチは、組織を変革していく際のポイントにもなりそうです。

私がコーチしているA社長は、本社から子会社に出向し、社長に就任しました。

その会社はある事業の失敗で大きな損失を出したばかりで、A社長の主なるミッションは企業価値を向上させ、低迷する数字の大幅な改善でした。就任直後から、A社長は役員やミドルマネージャーと頻繁にミーティングを行い、現場に顔を出し、社長としての戦略や戦術を自らも練り上げていきました。

結果を出すには、今までとはまったく異なる事業運営、それに伴う新しい組織体制や営業改革など、社員に大きな意識や行動の変化を迫るものになります。

もともと明るい気質の社長は、社員にできるだけ前向きに変革に関わってもらいたいと思っていました。ですから、つとめて変革によって手にできるであろう「未来の明るいビジョン」を伝え、語り続けました。

しかしその後、いくら時間が経っても、社員に期待する行動の変化が見られません。そこで、社員の声を集めるヒアリングを行なってみました。

すると、次のような意見が出てきました。

「社長のビジョンは明るいし、賛同もします。でも、今までやってきたことを急には変える気がしない」
「利益は以前より出ている。なぜ今、変わらなくてはいけないのか、現場を説得できない」
「長年のお客様との安定している関係性を壊すような新方針には納得がいかない」

ここから見えてきたのは、変革を起こすことよりも、「今、手にしているもの」を手放すことへの抵抗が予想以上に大きく、現状に対する「危機感」があまりにも乏しいことでした。

社員の声に目を通しながら、A社長は

「これまで、明るい未来の姿ばかりにフォーカスしていました。私自身、会社の明るいイメージを想い描くことが好きです。でも、そのイメージに私も逃げていた気もします。私たちがすでに失っているもの、失いつつあるもの、そのことについて今一度、社員と一緒に向き合いたいと思います」

とおっしゃいました。

その後、A社長は、ことあるごとに、会社の危うい状況を具体的な数字やお客様からのフィードバックなどの資料で提示し、このままいけば、近い将来、会社の存続自体が危うくなることを何度も繰り返して伝えていきました。

時には、倒産した会社の事例研究を行い、自分たちの会社の状況と比較する試みまでしました。それは、以前の「明るい未来を思い描く」ばかりの伝え方とは全く異なるものでした。

人はもちろん、危機感だけで動くことはできません。そこに刺激的な未来のビジョンが提示されることで鼓舞され、そのビジョンに引っ張られて変革の扉を開いていきます。

A社長も、社内に「危機感」が醸成される頃合いに、自身の得意とする「未来の刺激的なビジョン」を語ることを繰り返していきました。

あのキング牧師の有名な演説も、未来の輝くビジョンを語りかけるのは、16分間の後半部分からです。前段までは、「100年たった今も、黒人の生活は人種差別の足かせに縛られている」と、悲しい現実を切々と語っています。

人々は、「今ここに存在する危機」を感じることで、未来の理想のイメージに向かうスプリングボードを手に入れるのかもしれません。

A社長の会社も、そんなプロセスを経て、しだいに既存のやり方にとどまっていた現場の社員たちから新しい提案や営業活動にむけた行動が見受けられるようになってきました。

社員に働きかけ、思いきった行動に変えてもらうためには、まずは「現状の危機」=「失うもの」を提示し、それから、刺激的な「未来のビジョン」を提示することも、大切なことのようです。

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【参考資料】
アダム・グラント(著)、楠木健(監訳)、『ORIGINALS 誰もが「人と違うこと」ができる時代』、三笠書房、2016年

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