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人の有能さを引き出す、もっともパワフルなものとは?
コピーしました コピーに失敗しましたコーチの仕事を通じて常に考えることは、「人を変化に導く最もパワフルな力は何か?」ということです。
15年間、このことに取り組む中で、最近「クライアントの変化を導くのは、本当に私たちコーチだけなのだろうか?」そんな疑問を抱くことが増えてきています。
「人の有能さ」とは何か?
それはどう発揮されるのか?
それを促進する要因は何か?
こうした視点から、コーチングを再検証してみたいと思います。
「人の有能さ」はどこに存在するのか?
「人」をコーチするとき、私たちは、
- いかに、相手の有能さにアプローチするか?
- それを実現するコーチとしての関わりとは何か?
ということを考えようとするのではないでしょうか。
しかし、そもそも「人の有能さ」とは、どこに存在しているのでしょうか?
「その人」の中に存在するものなのでしょうか?
このことを考える上で、興味深い事例があります。
- 心臓外科医の手術のスキルと患者の死亡率の関係の調査した。
その結果、患者の死亡率を下げる要因は、外科医の腕前でなく、どの病院の、どのサポートチームと仕事をするかという、チームメンバーとの協力関係によるものだった。(※1) - 一流のスターアナリストが、別の会社に移籍した後でも成功を維持できたかを調べた。その結果、彼らの仕事の手腕は落ち、5年間は低いままだった。一方、チームメイトと共に移動した場合は、スターのパフォーマンスは落ちなかった。(※1)
こうした事例に触れると、人の有能さとは「チームとの間に発現している」と考えた方が理解しやすいようにも思います。
たしかに、チームと切り離した個人の開発には限界がありそうです。
例えば「ある一人」の期待人材を海外派遣させたり、MBAに送り込むことがあります。が、帰国後、本人も周囲も互いに適応できず、辞めてしまう。そんなケースは多々あります。
ある環境に適応していた「ある一人」をその環境から取り出し、個別に変化させて元に戻す。すると、臓器移植のときに発生する拒絶反応のごとく、その人と環境との間に何らかのミスマッチが起こる。
結果、人の有能さが、チームの中で発現しづらくなる。
そんな風に考えることができます。
「人の有能さ」は、どこに存在するのか?
それを考えるとき、私たちは「人」は「環境」と共に生き、環境の中でその有能さを発揮している、という特性を強く意識しておく必要がありそうです。
環境が変化を促進する
「人は、環境と共に生き、環境と共に変化する」
それを示す興味深い研究があります。
運動量を増やすという行動変化を起こしてほしい対象者、Aさんがいたとき、Aさんが実際に行動をした場合、Aさんと組むパートナーがインセンティブを受け取れるようにします。
すると、Aさんは、自分ひとりでやろうとした場合に比べて、圧倒的に行動変化を起こすことが分かっており、行動変化の効果が4倍~8倍に達し、かつそれが持続するそうです。(※2)
Aさんが周囲から「社会的圧力」を得ることによる効果です。
それがゆえに、Aさんと周囲が行った直接的な交流回数は、Aさんが起こす行動変化を予測させる指標にもなります。
Aさん個人を取り出して行動変化を促すよりも、Aさんのつながりや関係のあり方に着目する。そちらの方が行動変化する可能性がある、ということです。
まさに、人は環境と共に生き、環境と共に変化するのでしょう。
では、この考え方は、コーチングにどう活かせるでしょうか?
変化を促進する「環境」を創る
ある時、次のような依頼を受けました。
「組織の鍵となるリーダーがいる。その人が周囲に与える影響が大きいので、その人物にコーチをつけ、組織全体の変化につなげたい」
というものでした。
皆さんは、どう考えるでしょうか?
私は、「そもそも、"その人"だけが変わることは難しい」ということをお伝えした上で、「その人の変化に協力できる周囲の人たちも取り組みに参加すること」が最低条件であることを正直にお伝えしました。
そして、6人の協力者候補を紹介してもらいました。
早速、その人たちとの面談を始めました。
意外だったのは、6人にリーダーへの協力を依頼する過程で、「リーダーが変わる上で、自分も共に変化したい」と考えた人が多くいたことでした。
議論を経た結果、最終的に7名全員が同時にコーチをつけ、この取り組みに参画することになりました。
そして、皆で次のようにコーチングをデザインしました。
- 7人がチームとしてどう変わりたいのかを議論し、共有する場を持つ
- 各人が、変化を創るための協力者をそれぞれ3~5名ずつ誘い、自分で声をかけて取り組みへの参加を促す
- 定期的に、取り組みを共有する場を持つ
- 事務局、コーチ陣が一堂に会する場も創る
「人」が環境と共に変化するための前提を崩さぬよう、各人のコーチングが独立し、分断しないよう個人とチーム全体がつながりを保てる環境を創りました。
結果は良好でした。
さらに、何よりも強く感じたのは、これまで取り組んできたさまざまなプロジェクトの中でも、最もコーチングが楽だったことでした。
クライアント同士のつながりや直接交流が、「人と環境」の変化のきっかけを創り続けていたようでした。
互いの社会的圧力が効果的に機能していたのかもしれません。
「人の有能さはどこに存在し、どう引き出されるのか?」
今号では、このことを考えてきました。
環境と一体化した前提で人を捉え、つながりや関係性が人の変化のリソースと捉える。
目の前の「人」そのものだけではなく、取り囲む「周囲の関係性」について探求する。
- その人は、誰と共に有能になれるのだろうか?
- その人に可能性をもたらすつながり・関係性とは何だろうか?
- その人と関係者は、全体で何を手にできるのだろうか?
その人を支援するつながりや関係性が見えて来た時、環境が人を有能にするシステムが動き始めます。
「環境が整えば、人は有能である」
それを可能にするコーチングのデザインこそが、コーチの最初の仕事かもしれません。
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【参考資料】
※1 アダム グラント(著)、楠木建(監訳)、『GIVE & TAKE 「与える人」こそ成功する時代』、三笠書房、2014年
※2 アレックス・ペントランド(著)、矢野和男、小林啓倫(翻訳)、『ソーシャル物理学:「良いアイデアはいかに広がるか」の新しい科学』、草思社、2015年
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