Coach's VIEW

Coach's VIEW は、コーチ・エィのエグゼクティブコーチによるビジネスコラムです。最新のコーチング情報やコーチングに関するリサーチ結果、海外文献や書籍等の紹介を通じて、組織開発やリーダー開発など、グローバルビジネスを加速するヒントを提供しています。


書を捨てよ、美術館へ行こう

書を捨てよ、美術館へ行こう
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私の大学の卒業論文は「アートセラピー」に関する研究でした。

大学病院で、患者さんに絵画や粘土を使って自身の想いを自由に表現してもらい、心理的な治療やストレス軽減を促進する研究です。

画集や美術品をみながら、患者さんと美術談義にふけることもありました。その時に気がついたことは、大人と比較して、子どもは作品に対するより自由な解釈や、私が見逃していたポイントを与えてくれることでした。

大人であれば素通りしてしまうような、理解しがたい抽象的な彫刻を前に、子どもたちは、彫刻の形をまねるような動きをします。そして、作品に一体化するかのように、「これは雲!!」「ロケット!!」と、その子なりの解釈を教えてくれます。

私自身は、知らず知らずのうちに「理解できるか?」という視点で作品と向き合っていたことに気づきました。

また、何度も見たことのある、ある絵を見ていたときには、子どもに指摘されてはじめて、大きく描かれた女性像の左上に、小さく緑の靴を履いた足が見えてきました。

どうやら、空中ブランコ乗りのようです。

これまで何度も見ていたのに、空中ブランコ乗りの存在には気づいていませんでした。空中ブランコ乗りの登場は、今まで抱いていたこの作品のイメージを変えていきます。

美術鑑賞トレーニングは何を生むのか?

エール大学の医学部では、医師の卵たちを過酷な研修のさなかに美術館につれ出し、美術作品を鑑賞しながらトレーニングを実施しています。

たとえば、人物画を見ながら

「何が描かれているのか?」
「誰が描かれているのか?」
「何が起きたのか?」

などの問いかけに答えながら、普段より長い時間、ひとつの美術作品と向き合う時間をとります。

ちなみに、通常、美術館で1枚の絵画にかける時間は平均17秒と言われています。

医者の卵たちは、作品に対する自身の見方や感じ方について他の参加者と対話することで、視点を深めたり多様な思考を持てたりするようになります。

このトレーニングを受けた医師たちは、患者の状態を細部まで観察する能力が10%アップし、その結果、医学的診断能力が上がるだけでなく、IQやEQ、その他の認知能力も向上しているとのことです。

このトレーニングは、エール大学の医師だけでなく、FBIやアメリカ陸海軍、司法省、国務省などでも実践されています。

エグゼクティブにも、美術鑑賞

「VUCA」といわれる現代、経営における課題解決は困難を極め、創造性の開発向上がより問われています。

もし、美術鑑賞が、さまざまな認知能力の向上や判断力を向上させるならば、エグゼクティブが事業経営する際の一助にもなると思えます。

ニューヨーク近代美術館では、早朝からギャラリーツアーに参加し、学芸員から芸術作品の説明を受けたり、ディスカションをしたりするエグゼクティブが多くみられるといいます。

エグゼクティブが多様な文化を知り、教養を高める目的もあると思います。さらには、視点や思考の幅が広がることで、課題解決能力を身に着けることも期待しているのではないかと思えてきます。

私がコーチングするある企業のA役員も美術鑑賞好きのおひとりです。

若いころNYに赴任したときから、月に一度は定時にオフィスを出て、ニューヨーク近代美術館やグッゲンハイム美術館に通っていたといいます。

美術鑑賞は、たんなる息抜きだけでなく、作品との対話が、自分の思考を深めたり、広げたりしているとおっしゃいます。仕事で行き詰まっている時だからこそ、あえて様々な美術作品をみる時間を確保するのだそうです。

そうすると、心が晴れると同時に、行き詰まっていたテーマを新しい視点で見られるような気がするとおっしゃっていました。

コーチ・エィのオフィスに来訪される時には、公園の中にある美術館に立ち寄り、絵画や彫刻と向き合います。距離をとったり、近づいたり、色や形、光の具合や材質などを、ただ、無心に感じたり、いろんな視点から作品を眺めてみるそうです。

「そこには何が描かれているのか?」など、時には、絵画の中の人物になりきり、今、何が起こっているのか。これから、何が起ころうとしているのか。

そのドラマを楽しむといいます。特に最近していることは、学芸員や一緒にいった人たちと作品に対する見方や感じ方を正直に対話することだそうです。

A役員は、「絵を見る」ことと、「コーチング」とは似ているといいます。

毎日、忙しく事業経営をしていると、急行列車で走っているようなもの。外の景色もよく見えない。時には、途中駅で降りて、どこからきて、どこにいこうとしているのかを眺めてみたい。そんな時には、美術館にいき、無心に作品をみて、作品と対話をする。すると、結果として自分を取り戻すような感覚になる、と。

コーチングも、いつもの環境を離れ、途中駅で立ち止まるようなものといえます。

コーチと一緒に「今」抱えているビジネス上の様々なテーマに対して、多様な問いかけを繰り返す。その対話の中から、新しい意味づけや視点が生まれたりする。

美術館では、作品を眺めながら、自分の内側で、作品と向き合う問いかけをしています。そして、時に、他の人と一緒にその作品の見方に関して対話をする。

すると、同じ作品なのに新しい意味づけや解釈が生まれることがある。

どちらも、対話の中で、新しい意味が生成される点が似ているといいます。

脳科学者の小泉英明さんは「問題を発見し、それを解決する力を身につけるためには、芸術は欠かせません。だから、海外の研究所の中心には音楽ホールや美術館など芸術的な施設が配置されているのです」と説いています。

エグゼクティブも、美術館に行き、美術作品と対話することをおすすめしたいと思います。新しい視点や課題に対する意味づけが手に入るチャンスになるかしれません。

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【参考資料】
・ショーン・エイカー(著)、高橋 由紀子(翻訳)、『成功が約束される選択の法則: 必ず結果が出る今を選ぶ5つの仕組み』、徳間書店、2014年
・エイミー・E・ハーマン(著)、岡本由香子(翻訳)、『観察力を磨く 名画読解』、早川書房、2016年
・奥村高明、『エグゼクティブは美術館に集う ~「脳力」を覚醒する美術鑑賞』、光村図書、2015年

※営利、非営利、イントラネットを問わず、本記事を許可なく複製、転用、販売など二次利用することを禁じます。転載、その他の利用のご希望がある場合は、編集部までお問い合わせください。

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