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人を動かす「リーダーの口説き力」
コピーしました コピーに失敗しました「微笑んではいても、同意しているわけではない」
「文句は言わないが、行動もしない」
「彼らの真意をとらえるのが難しい」
微笑みの国、タイでよく聞く台詞です。
「現地化の推進」や「社員の自律性・主体性の向上」と言いながら、動かないタイ人社員を前にぼう然と立ちすくみ、なんとか動いてもらおうと指示命令が加速する。そして、指示待ち社員の量産が続く...。
そんな悪循環に陥っている日本人リーダーがたくさんいらっしゃいます。
一方で、こういった状態を乗り越え、変革を着実に進めていかれるリーダーの方々もいらっしゃいます。
この違いは、いったい何なのでしょうか。
まずは「目の前」の、直属部下を口説いていた
駐在先の国で、直属の外国人部下との関わりが面倒なとき、日本人リーダーの多くが陥りがちな行動はどのようなものでしょうか。
- 日本人駐在員だけでまとまってしまう
- 直属のメンバーと現場社員を分けず、社員全員への方針説明で済ませてしまう
- 面倒な直属メンバーを飛び越して、現場の社員とばかりコンタクトをとる
しかし、多くの企業でお話を伺う中で、あることに気づきました。
確実に、しかも効果的に組織変革を前に進めているリーダーは、自分の「直属の部下を本気にさせる」ことから始めている、ということです。
直属の部下が日本人かタイ人かは関係ありません。「目の前の部下」を、変革に誘い口説いているのです。
* * *
組織変革を成功させてきた、ある電機メーカーのタイ拠点長Mさんをご紹介しましょう。
Mさんは、日本の本社から課せられた2020年までに達成しなくてはいけない現地化KPIを1年前倒しで達成しようとしている方です。
4年前の赴任当初、Mさんは現場の社員とばかり繋がり、直属の部下とはあまり関わっていませんでした。
この会社で長く務め、自部門に君臨しているような態度で振る舞う直属のタイ人部下の機嫌を損ねてしまうことを恐れたり、買収した会社の日本人トップと協力関係を結べずにいたりしたからです。
ある時ふと、日本の上司に愚痴をこぼしたそうです。すると上司からはこんなひと言が。
「そもそも、部下が会社の言うとおりに動くのなら、お前は要らないんだよ」
一瞬、何を言われたのか分からなかったそうですが、徐々に霧が晴れて、自分の役割がはっきりしてきた瞬間でした、とMさん。
「部下が動かないのは、当たり前」
それを聞いたMさんは、「だったら今、自分から始めればいい」と割り切れたのだそうです。
「自分の役割は、やらなければいけないことを部下に分かりやすく翻訳して伝えること。それを部下の行動に結びつけ、行動を修正し、目標に向かいたいと思わせること。そのための関わりを目の前の部下からまずは始めよう」
Mさん率いるタイ拠点は、800余人。現場オペレーターをのぞくと、コア社員は300人程度です。
Mさんはまず、タイ人4人と日本人1人からなる直属の部下5名一人ひとりと、2020年ビジョンについてじっくり話し合うことから始めました。
「僕は、桃太郎が鬼ヶ島に鬼退治にいくときのように、吉備団子やお酒やらを使って、手を変え、品を変え、部下5人を鬼退治に誘いましたよ」
Mさんは当時のことを嬉しそうに話してくれました。
赴任直後からずっとこれまで避け続けていた「目の前の部下」を、一年がかりで、まさに誘い、口説き続けたのです。
「目の前の部下」の次の一手とは?
「目の前の5人」がその気になり出すと、Mさんはその5人に、「今度は、君たち自身が、それぞれの部下5人を"その気"にさせてほしい」と要望したそうです。
Mさん自身が「目の前の5人」を口説き続けたように、「目の前の5人が、その先の5人」を誘い、口説くように要求、期待したのです。
そうして、2年が過ぎるころには、「目の前の5人」と「その先の5人」からの提案で、タイ人と日本人共同の「企業理念推進委員会」なるものが発足しました。
実はここにもヒントがあります。
組織に変革を引き起こすには、コミュニティに揺るぎない信念を持つ人が10%いれば、大半の人々がそれを受け入れていく、というデータがあるようです。
Mさんの会社のコア社員は300人。すなわち30人程度の変革リーダーがいれば、山は大きく動くわけです。
その後、Mさんの会社は生産性を上げ、不良率を下げました。
さらに、空席だったディレクターのポジションには、「目の前の5人」だった3人のタイ人を昇格させることができました。
誘い、口説くときに必要な、たった一つのこと
では、Mさんが「目の前の部下」を口説くためにしたことは何だったのでしょうか。
Mさんと社員の方々に行った追跡調査では、次のようなことが見えてきました。
- Mさんは、新任マネージャーだったメンバーとの会議を「ボードミーティング」と称し、本社から届くタスクを共有し、それが必要な理由について、繰り返し議論した。
- 部下たちが理解できないことや、やる気になれないことについて何度も聞き、とことん話し合った。
- 社員全員のモチベーションを上げるために、自分たちリーダーシップチームは何をすべきか、「目の前の5人」で徹底的に考える時間をつくった。
- トラブルが発生したときには、「なぜ起きたのか?」と原因究明することをやめ、「こうしてみたら?」「他に方法はないの?」と、アイディアが出るまで、何度も聞くようにした。
- 「完璧よりも、スピードを求める」と明言するなど、皆が何を求められているのかを分かりやすい言葉で言い続けた。
- 望ましい行動を起こした社員には、「それ、いいね!」とすぐに反応するようにした。
他にも色々ありました。
が、中でも、私自身がいちばん印象的だったのは、Mさんがご自分の後継者と考えている、タイ人Kさんからのこんな一言でした。
「一番大きな変化は『どんなに大変な状況にあっても、Mさんは、私たち5人と関わり続けることをあきらめない、逃げないのだ』と、私たち5人があきらめたことでしょうか...」
と笑いながら教えてくれたことです。
コーチ・エィの創業者 伊藤守は、いつもこんなことを言っています。
「コミュニケーションの目的は、『誘う、口説く』」
組織やメンバーに、あきらめずに関わり続けようとする強い気持ち、そして本気にさせようとする口説く力。
あなたは今、リーダーとして、直属部下の何人を本気にすることができていますか?
そして、いつまでに10%の社員を本気にできそうですか?
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