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なぜ、あなたの組織ではイノベーションが起きないのか?
2018年11月14日
人類の祖先である初期猿人が地球上に登場したのはおよそ700万年前です。
ほんの1万年前はまだ縄文時代だったのですから、私たちはここ数千年の間に爆発的なスピードで進化したと言えます。この進化はイノベーションの連続によってもたらされました。
私たちはどのようにしてイノベーションを起こすことに成功したのでしょうか。
ホモ・サピエンスとイノベーション
私たちホモ・サピエンスが誕生したのはおよそ20万年前です。
同じ祖先を持つネアンデルタール人は約30万年前に誕生していました。サピエンスとネアンデルタール人は長く同じ時代を過ごしていたのです。
しかし、ネアンデルタール人は今から約4万年前に絶滅してしまっています。
なぜネアンデルタール人は絶滅したのに、サピエンスは生き残って今日まで進化し続けたのでしょうか。
実はネアンデルタール人は体格に恵まれただけでなく、火や道具を巧みに使い、言葉を話し、創造性もあり、器用だったことが最近の研究で分かっています。脳容積もサピエンスと差がありませんでした。ところが、ネアンデルタール人とサピエンスには、決定的に違っていたことがありました。
それは、生活を共にする「集団の人数」です。
ネアンデルタール人は血縁関係のある家族とのみ一緒に生活し、家族以外の他者と集団で生活をすることはなかったようです。一緒に暮らす人数は多くても20名程度だったことが調査によってわかっています。一方、サピエンスは大集団で生活していました。400人を超える規模の遺跡も見つかっているのです。(※1)
この違いが進化のスピードに大きな差を生じさせました。
ネアンデルタール人は、家族だけで暮らしたことによって、新しい知識を他者から得る機会が少なかったのです。しかし、大集団で暮らしたサピエンスは、ネアンデルタール人に比べて他者から新しい知識を獲得する機会が豊富にありました。サピエンスは大集団で生活することによって多様性を高めていたのです。
イノベーションにつながる独創的なアイディアは、異なる知識の組み合わせで生まれると言われます。
サピエンスは、自分の知識と他者の知識を次々とつなぎ合わせていくことによって、新しい道具の作り方、獲物の取り方、寒さをしのぐ技術など、生きていくために必要な新しい方法を次々と発明していったのです。(※2)
こうして他者と知識を交換する能力にたけたサピエンスは、個体数が増えれば増えるほどますますその力を発揮し、次々とイノベーションを起こします。そして今でも私たちサピエンスは人口をどんどん増やしながら爆発的なスピードで進化し続けているのです。
何がイノベーションの障害になるのか?
ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院のディラン・マイナーらは、上場企業154社の社員350万人以上に関する5年分のデータを分析しました。その結果、多様な人材が多く集まって、多くのアイディアを出し合い、それを多くの人達によって評価する組織ではイノベーションが起こる確率が高い、ということが分かりました。(※3)
大集団で生活していたサピエンスは、偶然にもこれらの要素の多くを満たしていました。しかし、これらの要素が揃うことでイノベーションが起こる確率が高まるのなら、社員数が多く、多様な人材が集まる日本の大企業で、もっと多くのイノベーションが起きていてもいいはずです。
何がイノベーションの障害になっているのでしょうか。
ハーバード大学のキャス・サンスティーン教授らは、集団がうまく知識交換を出来ない時、その集団に何が起こっているのかを調べました。その結果分かった集団の力を失わせる原因の一つは「迎合」でした。(※4)
迎合とは「相手に合わせて自分の意見や態度を変えること」です。(※5)
多様なメンバーがどれほど多く集まったとしても、メンバーが他者の意見に迎合してしまっては、知識の交換とはなりません。その結果、イノベーションが起きにくくなるのです。
組織の中でイノベーションを起こすために大切なこととは?
そもそも、多くの企業で取り入れられているピラミッド型の組織は、軍隊をモデルにして出来上がったものだと言われます。そのため、ピラミッド型組織はトップの指示を上司から部下へと効率的に伝えることや、全員が同じ方向に動けるようにすることを得意としています。
このような特徴から、ピラミッド型組織には、部下が上司の意見とは異なる意見を言い出せなかったり、周りを気にして互いに他のメンバーと異なるアイディアを出さなくなる、といった迎合を増やしてしまう可能性があります。
一般的に、ピラミッド型の組織の中でイノベーションを起こすのはとても難しいことだと言えるでしょう。
では、このような組織の中でもイノベーションを起こそうとするには、どんなことが出来るのでしょうか。
私は、一人ひとりが「自分の弱さ」を受け入れることだと考えています。
「自分の弱さ」を受け入れるとは、「組織の一人ひとりがお互いに知識を交換し、協力し合わなければ組織は成功しない」ということを受け入れる、ということです。
ネアンデルタール人は屈強であったためにひとりで野生動物を仕留めることが出来ました。大型の動物に対しても槍一本で直接対決を挑めることが出来たので、あまり周囲と協力する必要がなかったのです。
一方、サピエンスは体が小さく筋肉量も少なかったために力が弱く、ひとりで野生動物を仕留めることは困難でした。
今年NHKスペシャルで放送された『人類誕生』では、サピエンスが初めてネアンデルタール人を見た時、ネアンデルタール人のその大きな肉体と、野生動物をすごいスピードで走って追いかけている姿に、サピエンスたちが驚いているシーンが描かれていました。本当にそのようなことがあったかどうかは分かりませんが、当時のサピエンスは、ネアンデルタール人を見て自分たちが弱い存在だと認めざるを得なかったことでしょう。
しかし、その弱さを認めたからこそ、サピエンスは集団で知識を交換する方法を生み出したのです。
世界を変える大きなイノベーションは、自分自身の内なるイノベーションから始まるのかもしれません。
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<参考>
※1:『NHKスペシャル 人類誕生』(学研プラス)
NHKスペシャル「人類誕生」制作班 (編集)、馬場 悠男(監修)
※2:「大特集 新・人類学」(日本経済新聞出版社)
「日経サイエンス2018年12月号」
※3:「350万人の調査データが示す、イノベーションを科学的に起こす方法」
ディラン・マイナー、ポール・ブルック、ジョシュ・バーノフ
(ハーバード・ビジネス・レビュー 翻訳マネジメント記事 2017年11月15日)
※4:「いま明かされる集団思考のメカニズム」
キャス・サンスティーン、リード・ヘイスティ
(ハーバード・ビジネス・レビュー 翻訳論文 2015年6月号)
※5:大辞林
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