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未だ語られていない物語を聞く

未だ語られていない物語を聞く
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「ここ数年、会話のなかった社会人の息子が突然電話をしてきて、仕事の悩みを打ち明けてきたんです」

リーダーの皆さんとコーチングに取り組む中で、このような日常での思わぬ変化を報告してくださることが少なくありません。

最初は不思議に思っていましたが、同じような事象に出会うにつれ、これもコーチングの成果のひとつであると考えるようになりました。

それは、リーダーの周囲の人たちの内側にある、「語られることのなかった何か」が表面化してくるということ。

そしてリーダーは、日常的に存在しているが語られていない、いわば「隠された物語」の存在に気づくのです。

  • 部下の「本当はこうしたい」という思い
  • 部下の「やりたい」と思っていても言い出せていないアイデア
  • 同僚のちょっとした気がかりや見えているリスク
  • 顧客の、まだ言葉にもなっていないが必要としていること
  • 顧客の言いにくい困りごと、悩み

リーダーがこうした部下や顧客の声を聞くことができたなら、それまでは見えていなかった、新しい可能性が開けてきます。職場では、これまでとは違う展開が生まれ、より良い未来につながるかもしれません。

未だ「語られていない物語」を聞く。

これはリーダーにとって重要なミッションなのです。

部下が実行しない、「本当の」理由

事業部長Aさんをコーチしていたときのことです。

「ある部下が『こういうことをやります』と言ったにもかかわらず、結局実行していないことがちらほらあります。彼は『やれない』理由をそれらしく述べるんですが、なんだか表面的なもののような気がするんです」

Aさんが期待していたのは、その部下がリーダーシップを発揮し、チームワークを高めていくこと。スピード感をもって、よりクリエイティブな未来につながる仕事にチームとして取り組むことでした。

「スピードをあげて進めてもらわないと困る。もっと強く言わないといけないのかな...」

Aさんは苛立ちをつのらせている様子でした。

そこで私たちは、部下が行動を起こすことができない背景を検討してみることにしました。

「この部下は、どんな優先順位を持っているだろうか?」
「チームワークへの取り組みを優先させることは、彼にとってどんなリスクがあるのだろうか?」

Aさんが出したひとつの結論は、Aさん自身が部下から実行できない「本当の理由」を聞けていない。そこには「語られていない何か」がありそうだ、ということでした。

「部下に『本当の理由』を語ってもらうには、何が必要だろうか?」

Aさんは、さらに模索し始めました。

「語られていない物語」を誘発するのは何か?

いったい何が、部下の「語られていない物語」を誘発するのだろうか。

これは私にとっても大変興味深い問いでした。

IKEAの創業者イングヴァル・カンプラードは、よいリーダーであるためには、他人の心が読める人間でなければならない、と語ります。

「フォーブス」(Forbes)のインタビューでは、「自分のリーダーとしての役目は、大勢の人の役に立つことだと思っている。問題は、どうやって人が欲していることを知るかだ」と述べています。(※1)

マイクロソフトのCEOナデラ氏は、米CBSテレビのインタビューで、「私たちは、満たされていない、明確にされていない顧客のニーズに応えるビジネスを展開している。深い共感力、つまり他者の視点を持つ力なしには、この目的を果たし続けることはできない」と語りました。

彼のCEO就任後、マイクロソフト株は倍に伸びています。(※2)

世界のリーダーたちも、顧客や従業員の「語られていない物語」を引き出すことこそ、経営者が取り組むべきだと語ります。

そして、それを引き出すために欠かせないのは、他者への「共感」である、と。

「語られていない物語」を引き出した言葉

後日、Aさんから、部下が実行に移れない背景について、少し聞きだすことができたと報告がありました。

実はその部下は、チームメンバーとの関係がうまくいっておらず、挨拶さえもない状態だったそうです。

そんなメンバーたちにどう協力をあおいだら良いものか、途方に暮れていたとのことでした。

そして、その事実を上司が知ってしまったら、どう評価されてしまうのか、を考えるとなかなか言い出せなかったそうです。

「本当のことを言ったら、何と言われるだろうか」

これは 「語られていない何か」を言葉にして打ち明けようとするとき、誰しもによぎる思いです。

それは、「そんなことよりも、やるべきことがあるだろう」「なぜそんなこともできないのか」などと、周囲にあしらわれてしまった苦い体験を、誰もがひとつやふたつ持っているものだからです。

このような、過去に「何か」を引っ込めた体験は、私たちをより臆病にさせます。曖昧で不安定さをはらむものを他者に表現することは、誰にとっても容易ではないのです。

この時、部下の「語られていない物語」を引き出したのは、Aさんのこんな言葉だったそうです。

「僕が『あれもこれも』と言って、君をずいぶん焦らせてしまったのかもしれないね」

これは、 Aさん自身が「部下が動けない理由は、もしかしたら自分が作り出しているのかもしれない」と、自らと向き合った結果、出てきた言葉でした。

「共感」の研究者であるブレネー・ブラウン氏はこう言います。

「共感は難しい。だって自分の弱い部分にも向き合わなければいけないから」(※3)

「共感」は「共に感じる」ということ。

自分自身と向き合うことで、時に私たちは「自分のやり方で果たして良かったのだろうか」などと不安定になります。

しかし、その不安定さこそが、あなたの周囲に、隠された物語を表現する機会を生み出すのではないか、と私は思います。

冒頭の息子さんのお話も、決して偶然ではないのでしょう。

「語られていない物語」がそこにあるとき、話す側は、言葉を尽くしてもきっと伝わらないだろうというあきらめを覚えたり、聞く側は、聞いた先に、いったい何が起きてしまうのだろうという恐れを抱いたりするものです。

これらを超えて前進する扉を開く鍵は、聞き手としてのリーダーが、なによりも身近な「自分自身」と向き合い、その不安定さを受け入れることにあるのではないでしょうか。

「他人と対話を行うには、まず、自分の持つ既成概念を中断し、心を開いて、相手を受け入れなければならない。他人と対話を始めるためには、まず最初に自分の心と対話をすることが必要である(※4)」とは、エグゼクティブコーチであるハーレーン・アンダーソン氏の言葉です。

年末年始は、自分自身と向き合う対話に取り組みやすい好機でもあります。

「この一年を漢字一文字で表すと?」
「今年の抱負は?」

など、周囲から投げかけられる、この時期ならではの「質問」もあることでしょう。

それらに向き合うことこそが、リーダーの皆さんに、何よりものギフトになると私は思っています。

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