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あきらめない部下を育てる

あきらめない部下を育てる
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人が自分の中で矛盾する認知を同時に抱えた状態を、心理学用語で「認知的不協和」といいます。

私は、学生時代、真空管を使ったラジオやアンプを作るのが好きでした。

自作者用のマニアックな雑誌などで性能の良い真空管を見つけると欲しくてたまらくなり、居ても立っても居られずに、バイト代をつぎ込む覚悟で秋葉原に探しに行きました。

その真空管を手にするまでの、ウキウキ、ワクワクした楽しい気持ちは今でも忘れられません。

真空管が欲しい。
でも、今は持っていない。

このような「認知的不協和」が発生すると、人にはある種の不快感が伴います。

そして、「欲しくてしょうがない!」という不快感に動かされて、真空管を手に入れ、認知的不協和は解消される、ということになります。

ところが、目当ての真空管を発見したにもかかわらず、あまりにも高額で泣く泣く買うのをあきらめる、ということも起こりえます。

「認知的不協和」が起こす二つの反応

真空管を手に入れることができず「認知的不協和」が解消されない時、私たちは、心の中で手に入れることができない自分自身をなんとか正当化、合理化しようとします。

  • きっと、今持っている真空管と大差ないに違いない
  • そのお金は貯金して海外旅行に行ったほうが楽しいに違いない。
  • 買わなくてよかった。もっと安くて性能がいいものがあるはずだから。

このように、「認知的不協和」に直面したときに私たちに起こる反応は、大きく分けて二つあるのです。

一つは、

  • 目標や理想の状態を手にするために、行動を起こす。
    (何としても真空管を手に入れるために、バイトを増やす)

もう一つの反応は

  • 目標や理想の状態を手にすることをあきらめて行動を停止し、あきらめたことや行動しないことを正当化、合理化する。
    (今持っている真空管と大差ないはず、買わなくてよかった)

イソップ寓話の「すっぱい葡萄」では、お腹を空かせたキツネが木にたわわに実った葡萄に懸命に飛びつくが届かず、あきらめて立ち去りながら「あんな葡萄、どうせすっぱいに決まってる」と呟きます。「認知的不協和」に対する正当化、合理化の反応を表した寓話として有名です。

組織で生じる「認知的不協和」とは?

ある組織で従業員満足度のリサーチを実施したところ、ほとんどの項目が同業種の平均を上回っていたにも関わらず、「知人に自分の会社を職場として紹介したい」という項目だけが、極端に低いという結果が出ました。

データからは見えない理由を探るために、何人かの社員にヒヤリングをしてみたところ、次のような回答がありました。

  • いい会社だと思うが、仕事の幅が狭く、自分自身を成長させようと思っても限界を感じる。
  • 仕事そのものは楽しいが、到底達成できないと思われる高いゴールを設定される。ゴールは達成したいが、つらい。
  • 会社を成長させたいが、自分のやっている仕事の全貌がわからない。与えられた役割だけを指示どおりにやっていればいい、という圧力を感じながら提案することに躊躇がある。
  • お客様に提供している手法や価値は心から素晴らしいと思う。ところが、社内ではその価値が実現されていない。会社の外側と内側のギャップに違和感があり、自分の力ではどうすることもできない。

これらの回答の特徴は、属する組織や従業員自身の業務について「手にしたい状態」と「それを手にできていない現状」という矛盾が存在していることにあります。

つまり「認知的不協和」が起こっていると考えられます。

この会社ではこの数年間、業績を回復させることを第一優先に営業効率や業務フローなどの整備にまい進したために、上記のようなことが起こったのではないかと推測しています。

  • 最初からあきらめてしまうような現実的でない、高いゴール
  • やりたいことよりも、仕組みが優先される
  • 現場では無駄にしか思えないが、会社の方針だといわれてしまう
  • 部下に仕事の意味や全貌を知らせず、目の前のことだけやればいいというスタンスがある
  • 会社や上司が言っていることと、現実の行動が一致していない

このような認知的不協和による「行動の停止」「あきらめの正当化」といった反応が職場で繰り返されると、それは社員の自己効力感の低下となって表れます。

会社にとって、社員の自己効力感が低下するということは、モラル、雰囲気、生産性など、すべてにおいてマイナスに働きます。

「認知的不協和」を扱う

そこで、この会社では、ヒアリング結果を見たリーダー層が「認知的不協和」が社員に生じていることを理解し、部下との1on1面談などで以下の視点を取り入れることを始めました。

【部下の「手にしたい状態」に対する質問】

  • やりたいと思っていることは何か?
  • 実現したいことは何か?
  • 部下が思う組織の理想の状態はどのようなものなのか?

それに対して

【それを「手にできていない現状」に対する質問】

  • あきらめていることは何か?
  • 自分にはできないと思っていることは何か?
  • どのような情報が足りないのか?

つまり、「部下にどのような認知的不協和が起こっているのか?」という視点で話すのです。

部下が「手にしたい状態」に向けて行動を起こせているか?

もし起こせていないとしたら、「手にできていない現状」について明らかにする。

そして、

何が行動をあきらめさせているのか?
その要因は部下自身にあるものなのか?
それとも、マネジメントの側に要因があるのか?

「手にできていない」要因が部下自身にあるのなら、対話によって部下に生じている認知的不協和のギャップを狭めていきます。

しかし、その要因が組織全体のマネジメントによって引き起こされていることもあります。

その場合は、経営チームがそれについて真摯に向き合い、マネジメントの方法から変える決断を求められるかも知れません。

どちらにしても、簡単なことではありません。

それでも対話を続け、「あきらめることなく葡萄を取り続ける部下」を育てる、その環境を創り出す、それが上司に与えられた使命なのだと思うのです。

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