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間違いだらけの「権限委譲」

間違いだらけの「権限委譲」
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「権限委譲」は、エグゼクティブ・コーチングで頻繁に扱われるテーマのひとつです。

将来の経営者候補や、多くの部下を率いる事業部長の方が日々「権限委譲」を試みるものの、次のようなことを吐露されます。

「自分が長年携わっていた仕事だから、ついつい口を出してしまう」
「自分としては任せているつもりだが、部下からは『もっと任せて欲しい』と言われてしまう」
「委譲できる部下がいない。自分の期待に応えられそうな部下がいない」
「会社の将来について時間を割くべきだが、目の前の仕事を部下に渡せていない」

「権限委譲」とは、上の者が下の者へ権利や権限を譲り、仕事を任せること。つまり、次の世代に任せることで、部下の成長ひいては会社の成長の機会にもつながるものであるといえます。

では、「全社視点で組織を引っ張るリーダーになるためにも、今の仕事を手放す必要がある」「権限委譲は自分だけでなく部下、組織のためにも必要だ」と頭で理解しながらも、それがうまく進まないのはなぜでしょうか?

「権限委譲」には、何が必要なのでしょうか?

なぜ、権限委譲は進まないのか?

私は、エグゼクティブの方たちのお話を聞きながら、「権限委譲」が進まない背景には二つの理由があることに気づきました。

一つ目は、部下との間で「権限委譲」のイメ―ジが共有されていない、ということです。

部下に権限を委譲する際に「君に任せることにした」「権限を委譲する」という言葉はよく使われています。しかし、

  • 結果責任も、部下に負わせるのか?
  • 任せた仕事についての報告をどこまで求めているのか?
  • 報告を求めるならば、その形式や頻度は?

といった「権限委譲」にまつわる個別具体的な状態についてしっかり話されていない、つまり、本人と部下との間で「任せた・任された」に関する認識の乖離が起きているようなのです。

二点目は、「権限委譲」が「自身の仕事が手一杯だから渡す」というニュアンスで語られていることです。

権限を委譲するタイミングで「業務が多忙で手が足りない」「自分の代わりにやって欲しい」という想いが強いと、「任せた」という感覚よりも「一時的に委託する」という感覚に陥いる場合があるようです。

そうなると、受け取った側の部下は「自ら考えてやり抜く姿勢」にはなりにくく、上司の進め方や成果基準に倣った方法で進めることになります。

そこに、部下の成長機会があるとは言えません。

「NO」を突きつけられたスーパースター

10,000人以上の部下を持つ執行役員事業部長Aさんは、権限委譲の成否を分かつのは「上司側の覚悟」ということを私に確信させてくれた一人です。

Aさんと部下の方たちは、今でこそ次のステージにむけて邁進されていますが、そこに至るまでにはやはり時間が必要でした。

Aさんは、「仕事は現場こそ命」と熱い想いを持ち、多岐にわたる事業を拡大してきたスーパースター的なリーダーでした。

未経験の事業であっても、就任直後から自力で商談シーンから製造現場まで、世界のどこへも颯爽と出向き、誰とでもすぐに打ち解け、短期間で実績を上げるスタイルを貫き通してきました。

私とのコーチングがスタートした直後の周囲へのアンケートでも、上司だけでなく部下や同僚、お客様など全方位から絶大な信頼を寄せられていることが分かりました。

しかし、Aさんのリーダーシップの在り方について、唯一「NO」を出した人がいました。Aさんを将来のCEO候補と考える会社のCHRO(最高人事責任者)です。

「今、Aさんが組織をうまく動かしているのは、僕としては想定の範囲内。現場を大事にするのは彼の強みだし、当然の結果です。Aさんが将来のCEO候補として何を準備するのかを見ている。少なくとも今のスピード感、マネジメントスタイルのままではCEOは務まらない」

彼は淡々と、そう言い放ちました。

権限委譲をスムーズに進めたのは何か?

CHROからの「NO」を受けた後、私とAさんとのセッションはCHROのコメントを丹念に読み解くことから始めました。そして、Aさんが求められているリーダーシップのスタイルとは何なのかを探索することに時間を割きました。

  • 現場に足を運ぶスタイルのリーダーシップは、自分に合ってはいるが、将来巡ってくる役割には通用しないこと
  • 今うまくいっているこのリーダーシップスタイルを脇に置くことで、組織が弱体化し、事業が傾く可能性が考えられること
  • しかし、権限委譲に挑むのは、今しかない
  • リスクを背負っての「権限委譲」ではあるが、みんなが楽しみながら取り組めるものにしたい。
  • そのために、今すべきことは何か?

Aさんは、2カ月以上にわたって、短期的な視点から長期的な視点、得るものだけでなく失うものなど、様々な視点を行きつ戻りつしながら考えを深めていきました。

そして最後。

Aさんは、大好きだった「自ら現場に出向き、関係者と直接関わる」スタイルを捨てて権限を委譲する、という覚悟を決めたのです。

そして「権限委譲」をやり切るために一つのことを自分に課しました。

「やらないこと」を宣言する

経営者に近いポジションになればなるほど、「何をするのか?」と方針や施策を問われることが増えます。

さらに、権限委譲も施策の一つとすると、日常業務の思考に埋もれてしまうとAさんは考えました。

そこで敢えて「権限委譲」を「〇〇をやらない」という表現に変換して部下に伝えることにしました。これまで自ら先頭に立って行ってきた数々のことを委譲すると明言した上で「自分がやらないこと」を宣言しました。

  • 幹部会議に出ない
  • 同行者の多い海外出張に行かない
  • 自分のためだけの説明資料を作らせない
  • 求められない限り、アドバイスしない
  • 20時以降は仕事をしない

そのリストは、膨大なものでした。

そして、「やらない」ことで捻出した時間を、権限委譲した部下たちとの1on1に充てるようにしました。

部下の仕事の仕方や取り組みを聞きながら、「アドバイスしそうになる」のをぐっとこらえ、部下たちが自分の力で考え、決め、委譲された仕事を全うすることを見守っています。

部下たちからは、組織全体の意思決定のスピードが上がり、物事を自分で進めている実感値が高まったという声が出ているそうです。

あなたは、リーダーとして権限委譲にどんな覚悟を持って臨んでいるでしょうか?

組織の上位職であればあるほど、その覚悟の度合いこそが、組織の士気を決めるのではないかと思います。

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