Coach's VIEW は、コーチ・エィのエグゼクティブコーチによるビジネスコラムです。最新のコーチング情報やコーチングに関するリサーチ結果、海外文献や書籍等の紹介を通じて、組織開発やリーダー開発など、グローバルビジネスを加速するヒントを提供しています。
主体性の正体
コピーしました コピーに失敗しましたクライアントに目指す組織や社員の姿をお聞きすると、「主体性」という言葉がよく出てきます。
不確実性の高いVUCAと言われる現代においては、ひとつの正解をトップダウンで推し進めるよりも、一人ひとりの主体性を高めていくことがフィットするという理由です。新型コロナウイルスによる環境変化で、この傾向はより一層強まるかもしれません。
さて、この「主体性」とは、一体何なのでしょうか?
「人生100年時代の社会人基礎力」にも登場する「主体性」
主体性という言葉の意味を辞書で調べると「自分の意思・判断に基づいて行動すること」とあります。
「主体性」は、経済産業省発表の「人生100年時代の社会人基礎力」の中にも登場し、そこでは「変化に前向きに対処する力、範囲を限定せずに主体的に動く力」と説明されています。
コーチングにおいてクライアントから「主体性」という言葉が出た際に、具体的にはどういうことかを尋ねると、
「ひとつ上の階層の視座に立って、指示や決定を待たずに動くこと」
といった主旨の答えが返ってきます。
変化が激しい時代においては、誰かの出した解に従うのではなく自分で考えて行動することの重要性が増し、これが「ひとつ上の視座」や「範囲を限定せずに」という表現につながるのでしょう。
誰かに決めてもらっていたことを自分で決める
職場における「主体性」として期待されるのは、立場や役割、仕事歴の長短にかかわらず、「今まで誰かに決めてもらっていたことを、自分で考えて決めること」が共通のテーマであるといえるのかもしれません。
今まで、上司が決めていた提案書を、自分で考えて作る。
自部署、自分の役割ではない、組織間に落ちる仕事を進んでやる。
戦略を実行するだけではなく、その経験からより優れた戦略を立案し、全体に展開する。
では「今まで誰かに決めてもらっていたことを自分で決める」ためには、何が必要なのでしょうか。
「当たり前」になっていること
ある機械メーカーの事業部長であるA氏は、事業を着実に成長させてきた実力者です。私とのコーチングが始まったのは、A氏が新たな事業の責任者として着任し一年が経とうとする時でした。
着任後、A氏の担当する事業は業績を伸ばしていましたが、A氏には大きな不満がありました。A氏の組織を含む複数の事業を束ねる事業本部内で、各事業ドメインの仕切りが甘く、収益に影響しているといいます。再三提言するものの、一向に状況が改善されず、業を煮やしているとのこと。
「きちんとドメインを仕切ってくれれば、事業計画を達成できる」
A氏はセッションの度に、繰り返し口にしました。A氏としては、本来、事業本部で決めるべきものが決まっていないという認識です。
人には知らず知らずのうちに「当たり前」と思っていることがあります。そして「当たり前」のことに対しては、それを変えるという発想すら浮かびません。要は「当たり前」については認識さえできていないため、変えようという対象にならないのです。
組織には、役職や職種があります。それぞれの役割が決められ、お互いがその決められた役割を遂行することで全体として機能しています。A氏にとっては「事業部を越えたことについては自分の役割外」というのが「当たり前」でした。
A氏に、
「事業部の収益を上げるあなたのリーダーシップは?」と問いかけると、
「事業部間を明確に仕切ることでうちの事業の収益は上がる。その役割を担う人に決めてもらうこと」
「この状況を前進させるのにあなたができることは?」
「......」
コーチングを始めた当初は、進展がないことが続きました。
私たちは、自分自身が言葉に結びつけている意味に基づいて周囲を認識し、行動しています。たとえば、「上司」という言葉にどんな意味をつけるかによって、マネジメントスタイルは変わり、部下としても上司に求めることが変わります。
「当たり前」と思っていることに変化を起こすには、まず何が「当たり前」になっているかを認識し、その言葉に自分が結びつけている意味を理解し、解釈しなおし、再選択していくことが有効です。
役割を定義し直す
そこで私はA氏とのセッションにおいて、
「あなたは事業部長という役割をどう理解していますか?」
と問いかけるようにしました。何度も何度も問いかけていると、あるときA氏から、
「自分の事業部の成功に責任を持って組織を牽引していくこと」
という答えが返ってきました。
「『事業部の成功に責任を持つ』とは、どういう役割をもつということですか?」
しばらくの沈黙の後、A氏から、
「自分の事業部を成功させるために、事業本部の成功を考えることかもしれない」
という一言が出てきました。
「そう考えると、事業部を越えることでも私にできることがあると思えます」
A氏にとって「当たり前」だった事業部長の役割について改めて考え、定義し直した瞬間でした。そして、A氏は今まで誰かに決めてもらっていたことを、自分が決めていくプロセスに移行しました。
A氏の役割認識の変化に基づく行動の変化をきっかけに、この事業本部では全体を成功させるための議論とアクションが進んでいます。
主体性を発揮するとは、今まで誰かに決めてもらっていたことを、自ら考えて決めること。そのためには、当たり前になっている役割の認識を、もう一度問い直し、再選択すること。
そう考えて行動する人がたくさん増えてくると、組織の未来は明るいと感じられます。
あなたにとって主体性とはどのような意味をもっていますか?
この記事を周りの方へシェアしませんか?
【参考資料】
人生100年時代の社会人基礎力について(経済産業省)
※営利、非営利、イントラネットを問わず、本記事を許可なく複製、転用、販売など二次利用することを禁じます。転載、その他の利用のご希望がある場合は、編集部までお問い合わせください。