Coach's VIEW は、コーチ・エィのエグゼクティブコーチによるビジネスコラムです。最新のコーチング情報やコーチングに関するリサーチ結果、海外文献や書籍等の紹介を通じて、組織開発やリーダー開発など、グローバルビジネスを加速するヒントを提供しています。
本音の先に生まれるもの
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「私は出世には興味がないので」
「この歳でコーチング受けたって何も変わらないですから」
クライアントの方からこうした言葉が出てくると、私はまだその方との信頼関係を築けていないことのサインだと受け止めています。
なぜわざわざそれを私に伝える必要があるのでしょう。その言葉の背景にある感情や価値観はどのようなものでしょうか。仕事の状況や周囲との関係性はいったいどんな状態なのでしょうか。
「出世に興味がない」は本当か
エグゼクティブコーチとなって間もない頃、ある企業の役員Aさんのコーチングを担当させていただくことになりました。
年齢も経歴もビジネス経験も、すべてAさんが「上」で私が「下」。エグゼクティブコーチとして駆け出しということもあり、私は自信のないまま初回のセッションに臨みました。するとAさんが、それを見透かすように尋ねてきました。
「水野さんはコーチになって何年目ですか?」
答えると、
「そうか、まだ経験が浅いんですね」
Aさんはそうとどめを刺し、続けて一言。
「そもそも私がこの歳でコーチング受けたって、何も変わらないって思うんだよね」
その言葉は私の脳内で「あなたのような未熟なコーチにいったい何ができるんですか。お手並み拝見といきましょう」という、拒絶とも挑戦とも受け取れる言葉に変換されました。Aさんとの今後のセッションが苦痛でたまらなくなると同時に、なんとかコーチとして認めてもらおうとして変な力が入ってしまい、上滑りのセッションをしている自分がとても嫌でした。
次のセッションにAさんは連絡なく遅刻をしてきました。3回目は直前にリスケの連絡がありました。
「私は出世には興味がないので」
「なぜ私が選ばれたんだかわかんないよ」
とやる気のない発言も多く、「なんか、嫌だな」、単純にそう思いました。
やっぱり第一印象通り厄介な人なのかも。あんなに優秀で周りからも期待されている人なのに、どうしてやる気のないことばかり言うのだろう? どうせ私に話したって意味がないって思っているのかな。Aさんにふさわしいコーチだって認められてないのかもしれない。
「苦手な人だ」
今までの私であれば、この状況をやり過ごしていました。そのほうが心理的な負担もなく、楽だからです。嫌なところは見なかったことにして、ビジネススマイルで乗り切ればいい。表面的にはいい感じの関係性を繕うことは簡単でした。
でも本当にそれでいいのだろうか。Aさんのコーチとして役割を果たせていないじゃないか。個の人間として向き合ってもらいたいなら、まず私がAさんに向き合う必要があるのではないか。そう思った私は、リスケ後のセッションが終盤に差し掛かった頃、思い切ってAさんに伝えました。
「Aさんのお話には、やる気がない発言が多いように感じます。『変えられるのであれば、水野さんが自分を変えてみせてよ』と言われているような気がします。私は経験は浅いですが、プロのコーチとしてAさんとのセッションに臨んでいます。Aさんは私をどのように見ていらっしゃいますか」
すると、Aさんは驚いた顔で言いました。
「もちろんコーチとしてリスペクトしていますよ。でも水野さん、僕とのコーチングは大変そうでしたよね。なんとか和ませようと思っていろいろ言ってたんだけど、やる気なく聞こえてたんだね。そんなつもりは全然なかったんですよ」
それを聞いてはっとしました。私こそ、Aさんをクライアントとしてリスペクトしていなかった、そう思い当たったのです。
リスペクトは相互関係
私はAさんを「厄介な人」と決めつけていました。初めて言葉を交わしたときにAさんが言ったことを額面通りに受け取り、その発言の背景や意味を聞こうとはしませんでした。そして、自分の頭で勝手に解釈し「こういう人だ」とレッテルを貼っていたのです。遅刻やリスケは、Aさんが私の気もちを感じとっていたからなのかもしれません。
私は、Aさんのコーチを担当することになって気負っていたことを、正直にAさんに話しました。コーチとして認められたい、と自分のエゴばかり考えて、本当のAさんを理解しようとしていなかったことを。
するとAさんは、
「僕ね、役員だからこうしなければいけない、こうすべきであるっていうのが、すごく強いんです。そうやってここまで成功してきたから、同じことを部下にも求めてしまう。でも環境が変わってきているから、今までのやり方を変えたほうがいいのかもしれないとも本当は思ってたりしてね。だけど、部下たちも僕の手前、何も言えないんだろうし、だからこの歳でコーチングを受けたって、変わることなんてできないんだろうなって思ってたんですよ」
と話し始めました。
お互いの立場を認め合ったうえで、弱さやネガティブな部分も素直に話す。このやりとりをしてから、Aさんとのコーチングは活気に満ちた楽しい時間となりました。そして、Aさんは、本音で話す関係性を部下たちとも築けるようになっていきました。
強い組織は信頼関係の上に成り立つ
コーチとクライアントの関係性はもちろんですが、これは組織内での上司・部下や同僚との関係性にも当てはまりそうです。一緒に働いている時間が長くても、本音で話せるかといえばそうでもない。
「変革やイノベーションを起こすために、強い組織をつくりたい」
多くのエグゼクティブが、コーチングの中でそうおっしゃいます。組織内の信頼関係は、まさにその実現の基盤です。
信頼関係とは、お互いのリスペクトの上に成り立ちます。リスペクトは、相手が何を思い、何を感じているのか、その背景にも耳を傾けることから始まります。
国際コーチング連盟によるコーチのコア・コンピテンシー4「信頼と安全を育む」の中に次のような項目があります。(※)
4.1 コーチは、クライアントのコンテクスト(たとえばアイデンティティ、とりまく環境、経験、価値観、信念等)の中で、クライアントへの理解を深めようとしている。
4.6 コーチはクライアントとの信頼関係を築くために、自分の弱さも見せるなどして自分自身を開示している。
これは、コーチとクライアントの関係のみならず、すべての人間関係に当てはまるのではないでしょうか。信頼関係は一方通行ではありません。お互いに築くものです。それは決して気持ちの良い会話だけでは形にならないかもしれません。
あなたは相手を一人の人間としてリスペクトしていますか。
本音の関係性にあなたから歩み寄ってみませんか。
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【参考資料】
※ 国際コーチング連盟(ICF)コア・コンピテンシー、2019年
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