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「やりたいこと」はどこからやってくるのか

「やりたいこと」はどこからやってくるのか
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「やりたいことは何ですか?」
「あなたは何がしたい人なんですか?」

こうした質問をクライアントによく問いかけておきながら、私自身はこれらの質問に答えるのが得意ではありません。

「そもそもやりたいことって何だろう?」とも思いますし、「答えにくいな」という感覚もあります。あるいは、答える方法論は頭にいくつかあるけれど、なかなか考えが深まらない感じもあります。

「やらなければならないこと」であればいくらでも出てくるし、そこに紐づく「やりたいこと」なら山ほどあります。

いったい全体、「やりたいこと」というのは、どこからやってくるんでしょうか?

一つのキャリアの終わりで見えてきた「やりたいこと」

クライアントであるAさんは、自社の変革に全身全霊を捧げてきた方です。まさに「変革」がAさんの「やりたいこと」。コーチングセッションでも、「変革」をテーマに対話をしていました。

「変革に向けて何を変えていくのか」
「何を実現したいのか」
「誰を巻き込んでいくのか」

そのAさんとのコーチング契約期間が半ばを過ぎたところで、Aさんの退任が決まりました。退任が決まったことで、Aさんは「やりたいこと」をそれ以上続けられなくなってしまいました。契約期間はまだ残っていましたが、Aさんはコーチングに対しての熱量を失ったように見えました。当然のことといえるでしょう。

Aさんの口から「このタイミングでコーチングを終了したい」という言葉がこぼれました。

そんなAさんを前に、私の胸に「Aさん自身のことをもっと知りたい」という思いが浮かびました。なぜなら、Aさんの強い責任感に引っ張られて、ここまで「変革」の話しかしてこなかったと思ったからです。

気づくと私はAさんに「対話を続けませんか?」と提案していました。

Aさんは私の問いかけには答えないまま、任務を完遂しきれないことへのある種の歯痒さをしばらく口にしていました。

しかし話し続けるうちに、徐々にさまざまな「やりたいこと」が出てきたのです。まずはプライベートなこと。海外をゆっくり回りたい、ゆっくり別荘に籠りたい...。そういった「やりたいこと」は、簡単に10を超えました。

更に、ここ数年でご自身が頑張ってこられたことや出会った人、得た視点を共に棚卸ししていく過程で、「仕事での成果につながる『変革』以外、自分のやりたいことはないと思っていたが、こうやって話していくと、いままでやってきたことの延長線上の中でもっとやれることがありそうだ」という話になっていきました。

「やりたいこと」は他者との関係性の中から生まれてくる

Aさんとともに、Aさんが成し遂げてきたことを棚卸しするプロセスで気づいたことがあります。それは、Aさんの「やりたいこと」には常に他者が介在していたということ、そして、すべて他者とともに創り上げてきたことばかりだ、という事実です。

Aさんにとっての「やりたいこと」は、Aさんの内側から勝手に湧き出てきたというわけではなく、他者や「場」から問われ、期待されてきたことが、Aさんの中で「やりたいこと」に昇華していったのだ、そんなふうに感じました。

このことは私に、ホロコースト生還者で心理学者のヴィクトール・E・フランクルの「私たちは問われている存在だ」という言葉を思い出させました。(※)

収容所で人間としての尊厳を奪われ「生きていくことに、もう何も期待が持てない」と絶望する人たちの中で、フランクルは、次のように考えました。

「私たちが<生きる意味があるか>と問うのは、はじめから誤っている、人生こそが問いを出し私たちに問いを提起しているのだから」

フランクルは、人生に対して何かを期待するのではなく、「自分は人生から何を期待されているか」と、生きる意味についての問いを180度転換させたわけです。

そんなことを思い浮かべながら、私の頭には「多くの経験をしてきたAさんにしかできないこと、Aさんにしかできない貢献があるのではないか」、そんな問いが浮かんできました。それはAさんにとっての「使命」であり、Aさんの人生が問われていることといえるのではないか。そう思った私はAさんに問いかけました。

「貴社でさまざまな経験をしてきたAさんだからこそできることって何でしょう?」
「Aさんの人生の使命は何でしょう?」

「使命」という言葉をきっかけに、Aさんはこれまで語ってきたこととはまた違う視点で、自らの「やりたいこと」を考え始めました。

そして、Aさんの新たな「やりたいこと」をテーマに、Aさんとのコーチングも続けることになったのです。

さて、自分は何を問われているだろうか

さて私です。

コーチングでは、クライアントへの問いかけがそのまま自分自身に還ってきます。クライアントに問いかけながら、実は自分にも問いかけている。つまり、Aさんとの対話は、自分の生きる意味や、やりたいことを色濃くさせくれる体験であり、「やりたいこと」に対する私の解釈が変わるきっかけになりました。

それまでの私は、明確に認識してはいなかったものの「やりたいことは、自分の内側から湧き上がるもの」というイメージをもっていたのだと思います。コーチングでクライアントに「やりたいことは何か?」と問いかけながら、自分には明確に「やりたいこと」がないことを、どこかで後ろめたく感じていたところもあります。

しかし、Aさんとの対話を通じて、「やりたいこと」は関わりの中から生まれてくるという新しい視点を得ることができました。

私のやりたいことは何なのか。
私の生きる使命とは何なのか。

私は元来、実に欲張りで、できることならば多くの人の人生を体験してみたいと思っている人間です。そんな私にとってコーチングはまさに、たくさんの人の人生に触れる仕事です。

こういった恵まれた体験を、新たに出会うクライアントと共有し、「やりたいこと」を共創していくことが、私自身の「やりたいこと」であり、使命なのだと感じます。

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<参考資料>
※ ヴィクトール・E・フランクル(著)、池田香代子(訳)、『夜と霧 新版』、みすず書房、2002年

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