Coach's VIEW

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先に進むために立ち止まる

先に進むために立ち止まる
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現代はVUCA、つまり先の見えない不確実性の時代と言われます。「自社の主要事業の5年後について、見通しがつかない」と回答した企業が7割に上るというデータもあり(※1)、多くの日本企業が経営環境を取り巻く不確実性を不安視していることが伺えます。

先日、この4月に、連結売上高7兆円、従業員数4万人を超える会社の社長になったばかりのAさんと1対1で面談する機会がありました。

「こんな会社にしていきたい」
「会社の存在意義(パーパス)から、こんな風に社会に貢献していきたい」

などと、とても雄弁に理想を語られていたと思ったら、突然、私に向かって次のような質問を投げかけられました。

「稲川さんがコーチしている社長や経営者は、不安に思うことはないのでしょうか」

なぜ急にこんな質問がAさんの口から出てきたのかはわかりません。しかし、4月から社長になったばかりでいろいろと考えていらっしゃる中で、ふと出てきた思いだったのかもしれません。

これまでの経験から「不安にならない経営者はいない」ということをお伝えしつつ、興味が湧いて尋ねました。

「Aさんは不安になると、どうなられるのですか?」

Aさんはおっしゃいました。

「成果を出すために何ができるだろうか。もっと何かをしなくてはと前に進まなくてはならない衝動に駆られるのです」

Aさんに限らず、多くのリーダーと話していると、自らの不安をかき消すために「もっと早く、もっと強く」何か行動を起こすことに駆り立てられているように感じることがあります。

経営者として、力強く前進することは必要なことかもしれません。しかし、前進の原動力が自らの不安だったとしたら、ときに独りよがりになったり、周囲が見えなくなるなどのリスクがないとはいえません。

とくに先の見えないこの時代は、誰しもが不安になりやすい環境です。Aさんからの言葉をきっかけに、このような混迷の時代の中でリーダーにできることはいったい何なのかを考えてみたくなりました。

「今日は誰としゃべっただろう?」

エグゼクティブ・コーチングのクライアントであるBさんは、ある企業の執行役員として昨年4月に地方の大きな組織を任され、東京から単身で赴任されました。

赴任したばかりの頃、現場主義であるBさんは非常にいそがしく、次々と予定が埋まっていきました。そんな中でBさんは、コーチである私との対話の時間を「自分を振り返る、客観的に見る時間である」とし、その価値を見出してくださっていました。

セッションの中では二人で問いを立て、ともに考えることでお互いの探求や学習、能力開発が進みます。しかし、コーチとは毎日話すわけではありません。そこでBさんは、

「自分で自分に問いかけることはできないか」

と考えました。そして毎日、仕事が終わるタイミングで、3-5分程度の短い時間をとり、一日の振り返りをする習慣を取り入れました。実際に起こった事を、ただそのまま思い出すのです。

「今日は誰としゃべっただろう?」

Bさんの振り返りの問いは「その日に話した人」です。

「話した内容すべてを覚えているわけではありませんが、誰としゃべったかを思い出すと、相手の顔が浮かんできます。そして、その人と次に話すときにはこんな工夫をしようとか、何を聞こうかなど、相手への興味や関心が増すのを感じます。また、そうやって考えることで、お互いについてより理解を深めるために、意識して言葉を選ぶようになったと思います」

一日の終わりに立ち止まり、自分に問いかけ、振り返る。そうすることで未来に向けた選択肢が生まれて、行動につながる。Bさんはそんなサイクルを手にしたようです。

立ち止まることで手にするもの

ケヴィン・キャッシュマンは、『優れたリーダーは、なぜ「立ち止まる」のか』(※2)の中で「心と体に睡眠が必要であるように、リーダーシップとイノベーションには立ち止まることが必要である」と述べています。

「立ち止まる力の減退は休息をとる能力の減退よりも見えにくいが、その影響は睡眠をとらないのと同じくらい致命的だ。立ち止まることは睡眠と同じように、革新のための自然なプロセスであり、高いパフォーマンスを維持したいと願うならば無視できないものなのだ」

「『立ち止まる』とは、自分に対しても他者に対しても意識的に一歩引くプロセスのことである。それは、真正さや、目的意識や、献身性を伴って先へ進むことを可能にする」

複雑で曖昧な事態の中で前進することを強いられるリーダーは、つい立ち止まることを忘れてしまいます。目標達成に向けて躍起になり、目の前の問題を解決することに没頭してしまうからです。しかしそんな時こそ、私たちは立ち止まり、一歩引いて状況を俯瞰し、複数の選択肢や複数の未来を、より効果的に検討する必要があるのです。すべての不安は消え去らないとしても、立ち止まり振り返ることで、不安は軽減されるかもしれません。

内省は、反省とは異なります。自分自身と真面目に向き合う人ほど「もっとできたはず」と罪悪感にさいなまれることがあるものですが、後悔や懺悔をするではなく、客観的に事実だけを振り返ることが重要です。

年末やプロジェクトの終了時など、節目節目に振り返りを行うことも、「立ち止まる」一つの例だと思います。しかし、もし習慣として毎日立ち止まり、内省する時間を取り、自分や周囲の環境について新しいことを学び続けることができたら、私たちはどのような未来を創ることができるでしょうか?

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<参考資料>
※1 『第38回 当面する企業経営課題に関する調査 日本企業の経営課題2017』一般社団法人日本能率協会 JMAマネジメント研究所、2017年
※2 ケヴィン・キャッシュマン(著)、樋口武志(訳)、『優れたリーダーは、なぜ「立ち止まる」のか』、英治出版、2014年

※営利、非営利、イントラネットを問わず、本記事を許可なく複製、転用、販売など二次利用することを禁じます。転載、その他の利用のご希望がある場合は、編集部までお問い合わせください。

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