Coach's VIEW は、コーチ・エィのエグゼクティブコーチによるビジネスコラムです。最新のコーチング情報やコーチングに関するリサーチ結果、海外文献や書籍等の紹介を通じて、組織開発やリーダー開発など、グローバルビジネスを加速するヒントを提供しています。
その未来を選ぶのは誰なのか?
コピーしました コピーに失敗しました『WHO NOT HOW』という本があります。サブタイトルは、「どうやるか」ではなく「誰とやるか」。(※1)
この本の著者は、ダン・サリバンという起業家向けエグゼクティブコーチです。彼は「一人でやる」という考え方から抜け出し「誰かとともにやる」という視点の重要性を提案します。
当社のエグゼクティブ・コーチングにおいても、とても大事にしている考え方です。
「あなたは組織の何を変えたいのか」
「そのためにあなたは何を変えるのか」
「誰とやるのか」
これらの問いは、私たちコーチがクライアントとの間に常に置き、対話し続ける基軸とする本質的な問いです。
私たちは、目標を設定してゴールを見据えたとき「どうやるか?」という方法論に意識がいきがちです。しかし「どうやるか?」ではなく「誰とともにやるか?」という視点にシフトすることで、その未来は何倍にも何十倍にも広がります。
「誰とやるのか」だけでは不十分?
『WHO NOT HOW』の冒頭に、「バスケットボールの神様」、マイケル・ジョーダンのエピソードが紹介されています。中学生のときから20年間バスケットボールをやってきた私にとっては馴染み深い、ワクワクする話です。
マイケル・ジョーダンは、ピッペンやグローバーといった一流選手と出会うことで未来が大きく開かれました。あのとき、ピッペンらに出会わなかったら、後々、歴史に名を刻むマイケル・ジョーダンは存在していなかったでしょう。
当時のブルズには能力の高い選手が集まっていました。ともすれば、エゴのぶつかり合いになってもおかしくありません。しかし彼らは自分のエゴを捨て、それぞれの役割を全うしようとし、強いチームになっていきました。各々の選手が自分のスタイルや役割をしっかりと把握し、素晴らしいチームケミストリーを起こしていたことはよく知られています。
このエピソードは、私たちに「誰とやるのか?」を問うと同時に、その誰と「本当に力を合わせ未来を広げられる関係性を築くことができるか」、についても問うていることに気づきます。「WHO」を考えるだけでは不十分なのかもしれません。
その未来には誰がいるのか
Sさんは、ある通信関連企業グループでひとつの会社を任されている社長です。あるときコーチングの一環で、Sさんの側近である役員数名にインタビューをしました。その際、複数の方から次のようなコメントが出てきました。
「Sさんは僕らに夢のあるワクワクする未来をたくさん語ってくれます。でも、その未来に、僕らは一緒にはいないんだろうな、と感じるんです」
部下のお一人は、
「Sさんの言葉を聞くたびに、Sさんと一緒に仕事をする意味が少し見失われ、力がすっと抜けていくような感じになるんです」
と話してくれました。
よくよく聞いてみると、Sさんは役員たちに次のように話していることがわかりました。
「こういう未来は、もう自分たちの力では創れない。我々より優秀な人をどんどん採用しよう、そしてそういう人たちがこれからの未来を創るんだ」
役員の一人が話してくれたことをSさんに伝えると、それを認めたうえでSさんは次のように続けました。
「事業拡大を考えれば、当然、ビジネスを拡大できる人を探す必要があります。100億円の事業をつくってくれそうな人が見つかれば、すぐ採用したいし、社内にいれば異動させます。でも、当然今のメンバーももちろん、ともに未来をつくる一員なんです。彼らにもいてほしい。そう考えると、彼らに伝わっていない何か、伝える必要のある何かがありそうですね」
Sさんは、「何のために」「何を」「誰と」やろうとしているのか。Sさんとのコーチングは、そのことについての探索の時間となりました。
「人」として見るか、「機能」として見るか
Sさんには、私と出会う以前から愛読されている本がありました。スティーブ・ジョブズやGoogleの元CEOエリック・シュミットをはじめとするシリコンバレーの巨人たちのコーチだったビル・キャンベル氏についての本で、2019年にベストセラーとなった『1兆ドルコーチ』です。自身にコーチをつけることを思い立ったのもこの本がきっかけでした。(※2)
先のセッションから1ヵ月くらい経った頃、Sさんはこの本の中に「誰と」を考える際のヒントとなる、ビル・キャンベル氏の言葉があったと話してくれました。
「個人的な成功だけでなく、組織の大義に貢献する意欲を持っている人を集めよ。チーム・ファーストだ」
「自分の成功が他人との協力関係にかかっていることを理解している人、ギブアンドテイクを理解している人」
Sさんは言いました。
「私は役員たちに、全社視点で考え、機能や役割を超えて領空侵犯し合い、真剣な対話と共創することを求めています。にもかかわらず、知らず知らずのうちに、私自身が彼らを『機能』として見ていたことに気づきました。『誰と』を考える際に、その人は何ができるかという機能ばかりに注目していたように思います」
実は数年前、Sさんの会社に経営危機が訪れたことがあります。
「危機を切り抜けるためには、Aくんの推進力がほしかったし、Bくんのようにスピードをもって指示通りに動いてくれる人もほしかった。『機能』を優先して人を選んでいたと思います。そうした自分の態度から、役員たちは、私の描く未来に向けて自分は選ばれないと思ったのかもしれません」
Sさんは、自分の描く未来を役員たちと共に創っていくには自身の何を変える必要があるのかを考え始めました。
選択を相手に委ねる
Sさんが『1兆ドルコーチ』を読んで、コーチをつけようと思った背景には2つの理由がありました。一つは、自分のブラインドスポットを見つけるため、そしてもう一つは、自分がリーダーとしてコーチになるためです。
「リーダーがコーチになる」とは、Sさんの言葉を借りれば、周囲の人たちがリーダーの指示に従うのではなく、自ら考え、選び、行動を起こしていくようになるということです。しかし今回の件を通して、Sさんは「リーダーとしての自分が誰かを選ぶ」というメッセージが伝わっていたことに気づきました。
「ビジョンや未来を語るとき、自分が誰かを選ぶ立場ではなく、その『誰』かにビジョンや未来を選んでもらうという立場をとる」、Sさんはそう考えるようになりました。
あなたは、相手に未来の選択を委ねるリーダーですか、それとも相手を選ぶリーダーですか?
それは相手との関係性にどのように影響しているでしょうか?
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【参考資料】
※1 ダン・サリヴァン (著)、ベンジャミン・ハーディ (著)、森由美子 (翻訳)、『WHO NOT HOW 「どうやるか」ではなく「誰とやるか」』、ディスカヴァー・トゥエンティワン、2022年
※2 エリック・シュミット(著)、ジョナサン・ローゼンバーグ(著)、アラン・イーグル(著)、櫻井祐子(訳)、『1兆ドルコーチ』、ダイヤモンド社、2019年
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