Coach's VIEW は、コーチ・エィのエグゼクティブコーチによるビジネスコラムです。最新のコーチング情報やコーチングに関するリサーチ結果、海外文献や書籍等の紹介を通じて、組織開発やリーダー開発など、グローバルビジネスを加速するヒントを提供しています。
組織への参加チケット
コピーしました コピーに失敗しました先日、日本の大手IT企業からシリコンバレーの米国企業に転身された方と、Zoomでお話しする機会がありました。
新しい職場でもっとも印象的だった体験を尋ねると、
「君はどんなビジョンを持っているの?」
と、新しい同僚たちに挨拶するたびに問われたことだったそうです。
ご本人はうまく答えられずだんだん苦しくなり、途中から、
「あなたのビジョンは何?」
と相手に質問し始めたところ、誰もが楽しそうに「Myビジョン」を語ってくれたとのこと。
「ビジョンは会社から下りてくるもの、と無意識に思っていたのだと思います。今回、自分から持ち込むものなんだと初めて気づきました」
「Myビジョンは、新たな職場に参加するためのチケットなんだ」、そんな感覚を覚え、「マインドを変えねば」と本気で思ったそうです。
ビジョンを描くのは誰か
ウェブスター英語辞典には、ビジョンとは「あなたが想像するイメージ、または心の中で描く図」とあります。
「人間は目的志向の生き物だ」と言われます。(※1)
たしかに、変化し、成長するために、未来から自分を引っ張ってくれる目的や目標、その実現イメージを自ら創り上げることで、私たちは方向性と大きな推進力をもつことができます。(※2)
しかし、コーチングによる組織変革に関わっていると、組織の人たちの多くが「Myビジョン」を描く主導権を手放し、会社に委ねてしまっている現象に遭遇することがあります。
A社は、グローバルに勝負をかけようとしている大手のメーカーです。同社の中期経営計画で描かれる明瞭な未来像と具体的な戦略から、その本気度が伝わってきます。
「自ら環境に働きかけ、変化を創り出すリーダーを増やしたい」
A社の目指すビジョンの実現に向けたプロジェクトの中で、私たちはA社のキーパーソンたちのコーチングを始めました。しかし、プロジェクト開始直後に、ある壁に直面します。
「あなたは、A社で何を実現したいのですか? あなたのビジョンは何ですか?」
そう尋ねると、決まって多くの方から、次のような回答が返ってきたのです。
「質問の意味がよくわかりません...、私の業務は〇〇ですけど...」
「ビジョンや戦略は、上が出すものですよね? 私が言うことではないです」
「自分が何をしたいというのはとくにないです。本部長のサポートが役割です」
そもそも、なぜ自分がビジョンを問われるのか? ビジョンを描くのは、経営の仕事ではないのか?
そんな前提が聞こえました。
そして一方では、会社のビジョンが示されていても、とくに理解も共感もない、率直に言えば、強い関心がない、という印象も伝わってきました。
「あなたのビジョンは何ですか?」
ビジョンとは、一部の経営者が描き、発信するもの。
こうした前提が浸透した組織は、少なくないのかもしれません。確かに多くの経営書の中では、ビジョンを描くことは、経営者の大事な仕事として挙げられています。
とはいえ、そのことは、社員一人ひとりがビジョンを描くことを制約するものではありません。
では、会社のビジョンと自分のビジョンが異なった場合、どうするのですか?
そういう質問が聞こえそうですし、実際、何度も問われました。
そんなとき、私はまず「あなたのビジョンは何ですか?」と尋ねることにしています。
たとえ「Myビジョン」が明確でなくても、多くの場合は、話をしていくうちに、今の会社をもっとよくしたい、もっと貢献したい、そういう話に発展し、次第に「Myビジョン」と会社のビジョンとの重なりが見えてきます。
「Myビジョン」があるから、見えること、聞こえることがある
ある食品会社で、エンゲージメントサーベイの結果、上司と部下の対話に課題があることがわかり、我々がコーチング・プロジェクトでお手伝いさせていただくことになりました。
すると、翌年のサーベイの結果では、興味深いことに、トップが描くビジョンの浸透のスコアが目立って上昇していることがわかったのです。そこで、現場における上司と部下のコーチングと、ビジョンの浸透、関係のなさそうに見えるこの2つのつながりに関する追跡調査が行われました。出てきた分析と仮説は、とても興味深いものでした。
- 現場社員は上司から「君はここで何を実現したい? 君のビジョンは?」と問われ続けた
- 問われた社員は、自分なりにそれを考え続け、中には悶々としていた人達もいた
- 多くの人達が、会議や書類で、トップが語るビジョンに触れた時、参考になったと感じていた
各人が「Myビジョン」を問われ、それを考え始めた時に、トップのビジョンに関心が向き始めた。
現場のコーチングとトップビジョンの浸透には、こうした関係性があるのではないかということが見えてきました。
「Myビジョン」を自ら考えている人にだけ、見えること、聞こえることがあるのかもしれません。
組織に参加するためのチケット
ちなみに私は、コーチ・エィに入社する際の最終面接で、創業者に対してコーチ・エィのビジョンについて尋ねました。すると、創業者から返ってきた答えはシンプルでした。
「僕は自分のビジョンを持ち込む人と働きたいんです」
その時から、会社にビジョンを問うのはやめ、自分にビジョンを問うことに決めました。
* * *
経営は会社のビジョンを描き、語り続ける、
同時に社員一人ひとりも「Myビジョン」を描き、語り続ける。
その先に、個と組織のビジョンのリンクが生み出されていく。
「あなたのMyビジョンは何ですか?」
職場にいる全員が、お互いに問いかけ、Myビジョンをシェアし始めた時、ビジョンは上から浸透させるメッセージではなく、同じ組織に集う者同士の連携・共創を生み出す、具体的な手がかりとしての力を持ち始めます。
Myビジョン、それは、組織に参加するためのチケットなのかもしれません。
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【参考資料】
※1 ルー・タイス(著)、吉田利子(翻訳)、『望めば、叶う』、日経BP社、1998年、p.120
※2 同書 p.122
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