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一人の天才に依存しないチームをつくる

一人の天才に依存しないチームをつくる
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Language: English

「天才」と聞くと、能力の高い一人の人間の存在を思い浮かべますが、それに対する概念として「集合天才」(コレクティブジーニアス)という考え方があります。各専門分野において突出した才能を集めれば、一人の天才をも凌ぐことができる。あるいは、たとえ一人ひとりは凡人であっても、協力し合い、それぞれの能力を生かすことができれば、価値あるものを世に送り出すことができる。日本的な表現で言えば、「三人寄れば文殊の知恵」といったところでしょうか。「集合天才」は、GE(ゼネラル・エレクトリック)の組織運営の理念として知られています。(※1)

「集合天才」という考え方には頷けるものの、一方で、知識のある人や才能を集めただけでは、単なる集団のままで終わってしまう可能性があるのも事実です。

組織が「集合天才」として機能するためには、個々の才能や蓄積された情報が有機的に結びつくことが重要です。では、個々の才能や蓄積された情報が「有機的に結びつく」ために必要な要素とは何でしょうか。

「心理的安全性」が流行る理由

先日、あるテレビ番組で、2022年のノーベル生理学・医学賞を受賞した、沖縄科学技術大学院大学客員教授、スバンテ・ペーボ博士のインタビューを見ました。

「研究を進めるうえで大切なことはなんでしょうか?」

と尋ねるインタビュアーに対して、博士はこう答えました。

「まずなによりも、誰もが自分のアイディアを持ち寄ることができる文化を持ったチームが大切です。チームは、どんな個人よりも賢いからです。誰もが大胆に自分のアイディアを披露し、間違っていることを恐れない文化が必要です」(※2)

ペーボ博士のこの言葉は真実でしょう。一方で、博士の言うような環境を創り出すのはとても難しい。

昨今「心理的安全性」という言葉をあちこちで耳にしますが、それはつまり、心理的に安全だと感じられる場、間違っていることを恐れずに何でも言える場をつくることがいかに難しいかを、逆に私たちに教えてくれます。

心理的に安全な場をつくるのが難しい理由

「誰もが大胆に自分のアイディアを披露し、間違っていることを恐れない文化」を創ることは、なぜ難しいのか。

私はこれまでのエグゼクティブコーチとしての経験から、次の2つの理由があるのではないかと考えています。

一つは、人は誰でも無意識下で「相手より上に立ちたい、打ち負かしたい、自分が上と証明したい」という思いがある、ということ。これは、生物として生き残るための本能に近いかもしれません。

二つ目は、「人はヒエラルキーが好きだ」ということ。これは、そのほうが「楽」だからなのではないかと思います。上下関係の中では「下」は「上」の言うことを聞く、という暗黙のルールがあります。お互いに意見が違ったとしても、そのルールが保たれていれば、よけいな争いをしなくて済みます。しかし、その関係が維持されている限り、下から「異なる意見」が出てくることはないでしょう。

つまりこれは、だれか特定の個人の問題ではなく、人の本性(ほんせい)としての問題ではないかということです。

私たちは、放っておけば自動的に、互いの心理的安全性を脅かすような行動をとってしまう生き物なのでしょう。その前提を認識せずに、ただ心理的安全性をうたっても、真の意味での心理的安全性が担保されることはないでしょう。

まず、その事実を受け入れ、そこから始めるのはどうでしょうか。

「変わらない」ものを変化させる

「結局、僕ら(リーダー)の一挙手一投足なんだと思います。でも、それは簡単に変えられるものではないんです」

これは、某精密機器メーカーの研究本部トップSさんの言葉です。Sさんは、若手が自由に発想することを支援しないと立ち行かなくなると考えていました。幹部たちともその危機感を共有し、状況を変えていこうと話し合いました。しかし、状況はなかなか改善しなかったといいます。

「会議に若手を招いても、幹部たちは目も合わせられないし、ウェルカムな挨拶もできない。やることは、気づくと若手達のアイディアの重箱の隅をつつくこと。それでは若手は『もうやらないよ』という気持ちになって当たり前です。実際に自分もそうでした」

Sさんは、「そういう環境をつくるのが大事だ」と言い続けるだけでは意味がないと考えました。

経営幹部の行動変容を促すには、目指す状態に向けて全員が共有できるフレーズが役に立つのではないかと考えました。幹部たちと半年間議論してたどり着いたのが、この言葉です。

Better to ask for forgiveness than permission.
(許可はいらない、謝ればいい)

Sさんは、幹部がこの言葉さえ守っていれば、たとえふんぞり返っていても、部下に挨拶できなくてもいい、と思ったといいます。部下が許可を求めてきたときに、「許可なんて必要ない。失敗を恐れずやってみろ」とチャレンジする部下の背中を押してくれさえすれば。

Sさんの組織では、4年前から明示的にこの言葉を掲げました。そして、Sさんの組織は、世界屈指の生産性の高い研究所に育ってきています。

上司がふんぞり返り、挨拶もしない環境を「心理的安全性がある」というかどうかはわかりません。しかし、Sさんのチームでは確実に「誰もが大胆に自分のアイディアを披露し、間違っていることを恐れ」てはいないでしょう。

あなたの組織の中の知識や能力が有機的に結びつくために、本当に必要なことはなんでしょうか。
それを言葉で表現するとしたら、どんな言葉になりますか。

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【参考資料】
※1 リンダ A. ヒル、エミリー・テダーズ、ジェイソン・ワイルド、カール・ウィーバー(著)、高橋 由香理(訳)、「共創を実現するリーダーシップ~一人の天才に依存しない」、Havard Business Review、2023年2月
※2 「ノーベル生理学・医学賞 ペーボ博士 研究を続けるうえで大切なことは」、NHKニュース、2023年2月2日

※営利、非営利、イントラネットを問わず、本記事を許可なく複製、転用、販売など二次利用することを禁じます。転載、その他の利用のご希望がある場合は、編集部までお問い合わせください。

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