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トランジションをコーチする難しさと可能性

トランジションをコーチする難しさと可能性
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「あらゆる変化は、たとえそれが待ち望まれたものであっても、物憂さを含んでいるものだ。自分の一部を置き去りにするのだから。別の人生に入っていく前に、我々は、一つの人生を終わらせねばならない」(アナトール・フランス)

ある段階から次の段階への移行・変化は、ときに先が見えない恐怖を伴います。それは、アナトール・フランスのいうように「自分の一部を置き去りにする」ような感覚があるからなのかもしれません。

実際に私は、そのような変化に直面したリーダーたちに、コーチングの中で何人も出会ってきました。

  • 名誉ある地位に昇格したものの、実質的な執行権限のない地位だった
  • 出世コースからは外れたと思われる地位に着任することになった
  • 有望ポジションの候補者に推薦されたが、最終的に選ばれず競争相手の部下になった

こうした変化に直面したリーダーたちは、セッションの中で抑えられない感情を表現します。

「頭では理解しています。でも、何かを奪われた感覚で、毎日、虚しさを感じています」

「選ばれなかったことで、急に周囲の目が気になり始めました。誰とも接したくなくなってきています」

「貢献してきたはずの組織から疎外された感覚です。悔しさを通り越して怒りを感じます」

喪失感、無力感、怒り、無感覚...。彼らのリアルな感情が、コーチである私自身に伝播し、胸が苦しくなります。

役職や役割が変わるとき、その変化はオセロの駒が白から黒に変わるようなものではありません。新しい役割・役職を受け入れ、そこで期待されていることを遂行できるようになるためには一定の時間が必要です。この変化の過程を「トランジション」といいます。

今回は、トランジションの中にあるクライアントへのコーチングの難しさと可能性について、探求してみたいと思います。

曖昧な状況が続く「ニュートラル・ゾーン」

A氏は、有力な社長候補の一人として一年間の選抜プロセスに意欲的に取り組みました。最後の数人になった手応えはありましたが、最終的には選ばれませんでした。

「結果は受け止めていますし、自分よりも先輩が選ばれているわけですから、順当と言えば順当です」

A氏は、冷静にそう口にしました。しかし、日が経つにつれて落ち込みが激しくなり、やがて人を避けるようになっていきました。

「実は、今回の過程で、社内政治に失望しました。外に出る選択肢を考え始めています」

普段、冷静沈着なA氏のその言葉からは、怒りと落胆が伝わってきました。

人は、変化を受容する間に、悲しみ、罪悪感、怒り、無感覚状態、無力感などを経験します(※1)。これは、変化によって「永久に失われたことを完全に自覚するに伴い、行動すれば好影響を与えられるという信念が萎えてしまう」ことに起因する感情だそうです。

コーチは、こうした感情を抱くクライアントとどう向き合えるのでしょうか?

クライアントの状態にコーチが受ける影響

転換期とは、次のようなフェーズで捉えることができるといいます。

終わり → ニュートラル・ゾーン → 始まり

しかしこの3つの境界は曖昧で、外的変化に対し、心理的調整が遅れます。何かが終わり、古いものを手放す必要を感じていても、気持ちが追いつかない、という現象が起こります。

また、ニュートラル・ゾーンでは、エネルギーが失せる、引きこもりがちになる、病気や事故に遭いやすくなる、という現象が起こるといいます。実際にA氏も睡眠不足に見舞われ、さらに原因不明の病気を患って入院までしました。

ニュートラル・ゾーンとは、言ってみれば曖昧な状況が続く時間です。その曖昧さに耐えきれなくなって、人は次の始まりを急ごうとする衝動に駆られます。確かに私には、A氏が「退職を急いでいる」ように感じられました。

そして、A氏の苦しみは、コーチである私にも少なくない影響を与えていました。

不安で曖昧な場所に共に居続ける

私は自らにコーチングのスーパーバイザーをつけています。スーパーバイザーとのあるセッションで、私はA氏とのコーチングで感じている複雑で重たい不快な感情を吐露しました。

するとスーパーバイザーは、

「How can I be with you?」

と尋ねてきました。そして、私たちは共に(be with)、私のその感情がどこから来るのか、どんな前提がその感情をもたらしているのか、探索を始めました。スーパーバイザーは、不快な感情を解消するのではなく、むしろそこに留まり、探索し続けることを私に促したのです。

その過程で私は、コーチである自分が先の見えない不安から、A氏がニュートラル・ゾーンを早く脱するよう手助けしたいという気持ちを抱いていることを発見しました。

その瞬間、私の仕事は、A氏が不快感の中で自身を再発見する手助けをすること、即ち、先の見えない不安で曖昧なその場所に、A氏と共に居続けることではないかと気づいたのです。

ある書籍の一節にこうあります。

「(患者が)痛みの中に身をおくことを覚えれば、痛みとの関係は劇的に変わる。痛みを受け入れることで意識が変わり、『痛み』ではなく、ただの感覚となる。不快であっても、それにとらわれ、追い出そうとするのではなく、意識のなかで、ありのままに受け入れられるようになるからだ」(※2)

静かに始まったトランジション

A氏との協働探索の対話は興味深いものでした。

「話していて、『なんで俺がトップじゃないんだ』と思っていたことに気づきました」

「過去の自分自身へのプライドですよね。それは、外に出て通用するのか、という自信のなさから来ているのかもしれない」

A氏は、これまで「絶対に口にしたくなかったこと」を話していることに驚いている、と言いました。

* * *

数か月後、A氏のトランジションは静かに「始まり」を見せました。A氏は会社に留まることを決め、自分の役割を言葉にし、それをコーチング・セッションに持ち込んできました。

『深い混迷』の底で、世界で必要とされていることのために、果たすべき役割が自分にあることを発見する。そして自分がなすべきことが分かった瞬間に、速やかに動くことができる。(※2)

相手のトランジションをコーチする。たとえ不快感があっても、そこに共に居続け、その体験をリソースにして対話をし続ける。深い混迷の中に保留し続ける。自ずと「始まる」ことを待つ。

ここにトランジションをコーチする難しさと可能性が潜んでいるのかもしれません。

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【参考資料】
※1 ジェニー・ロジャース (著) 鶴見樹里、 徳永正一(訳)『決定版 コーチング』日本能率協会マネジメントセンター、2022年
※2 ピーター・センゲ、C・オットー・シャーマー、J・ジャウォースキー、B・スー・フラワーズ、野中郁次郎(監訳)、高遠裕子(訳)『出現する未来』講談社、2006年

※営利、非営利、イントラネットを問わず、本記事を許可なく複製、転用、販売など二次利用することを禁じます。転載、その他の利用のご希望がある場合は、編集部までお問い合わせください。

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