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あなたのその考えはどこからきたのか

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"You might be right."(あなたは正しいかもしれない)というアメリカのポッドキャスト番組があります。

相容れない主張を持つ2人の論者が、お互いの主張を交換し合い、最終的に"You might be right."と、別の見方を手にすることを目指すという内容です。銃規制、避妊の権利、ヘルスケアの公的支援、米国で世論を二分する社会課題から一つテーマを取り上げて、論者が対立意見をぶつけ合う。

とても興味深い番組なのですが、何度も聞いているうちに、これではこれらの課題は解決しないだろうなと思うようになりました。なぜなら、お互いが言いたいことを言い合っているだけだからです。途中、決まり文句のように"You might be right."と発言する論者もいるのですが、どこかとってつけて言っている感は否めません。

それぞれが自分の世界観に執着しており、相手の主張を受け入れたり、理解しようとしたりしているようには感じられません。

世界で分断が起きる理由

『なぜ人と組織は変われないのか』などの著作があるハーバード大学出身の発達心理学者、ロバート・キーガン博士は、人間の知性の発達段階を大きく3つの段階に分けています。

第1段階 環境順応型知性
第2段階 自己主導型知性
第3段階 自己変容型知性

第1段階の「環境順応」とは、不安や依存から行動を起こす段階です。ひたすら仲間から受け入れられることを目指し、仲間に順応することを最優先します。

第2段階の「自己主導」とは、不健全な依存から、健全な自立に移る段階です。自意識が発達し、自分なりの世界観を形成しています。しかし、認識にフィルターがかかっており、自分が現在いる「その場所」から先を見ることができません。

第3段階の「自己変容」は、キーガン博士によると心理的・感情的発達の最高段階です。自分のものの見方や信念を、常に他者との関係性をベースに拡張しようとする知性の在り方です。

ただ、キーガン博士の研究では、多くの人の発達は第2段階(自己主導型)で止まるという結果が出ています。なぜ第2段階から第3段階への移行は難しいのでしょうか。

先に紹介したポッドキャスト番組の"You might be right."は、まさに第2段階のマインドセットで物を言い合うことに終始しているように聞こえます。もし世界中の多くの人が第3段階である「自己変容」の段階に移行していれば、これだけの分断は起きないでしょう。

その考えはどこから来たのか

先日、『共感という病』という本を手にしました、著者は今年32歳になる永井陽右さん。彼は大学1年生のときに「比類なき人類の悲劇」と言われたソマリアの紛争を知ったことがきっかけで、テロと紛争の解決をミッションとして紛争解決の仕事に従事されています。現地でテロリストと呼ばれる人の更生支援やテロ組織との交渉に取り組み、テロ組織からの140名以上の自発的投降に成功されています。

「悪魔のように見える相手と正面から向き合う」という見出しがついた、本の一節で、彼は次のように述べます。

「例えばカウンセリングでは、自分がなぜテロ組織に入ったのか、なぜテロ行為をしたのかといった点を掘り下げていきます。
(中略)
道徳や倫理、正しい考え方を押し付けるように教えても、さらに反発されることも多々あります。
(中略)
だからこそ、共に自己と他者について考えていくことが大切なのです。」
(※太字は執筆者による)

永井さんは、相手に徹底的に自分の世界観の出所を聞くという手法によって、相手を、キーガン博士のいう第2段階から第3段階にを少しだけ移行させているのかもしれません。

これは私自身の解釈ですが、「自分はいまなぜここにいるのか」を掘り下げていくプロセスは、自分こそがいま置かれている現実を創り上げてきたと自覚する機会になるのだと思います。私たちの人生は決断の連続です。日々何かを選択しながら生きている。今の自分の現実は自分の選択の連続によって創り上げられたものだと自覚すると、人は初めて他の選択肢があることに気づくのかもしれません。

そう考えると"You might be right."に決定的に欠けているのは、お互いが自らの選択を振り返る機会のように思えます。つまり、「あなたのその考えはどこから来たのですか?」という、お互いに対する純粋な問いです。

たまたま自分はそのような体験をしたから、今の見方を持っている。
そうでなければ、違う見方をする可能性がある。
つまり世の中にはいろいろな見方がある。
だから、あなたのそれも教えて欲しいと。

「あなたのその考えはどこから来たのですか?」

自分の主張を通すためではなく、純粋に興味をもって相手にそう問いかけることができれば、私たちはともに「自己変容」の機会を手にするのかもしれません。

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【参考資料】
ロバート・キーガン(著)、リサ・ラスコウ・レイヒー(著)、池村千秋(訳)『なぜ人と組織は変われないのか――ハーバード流 自己変革の理論と実践』英治出版、2013年
永井陽右(著)『共感という病』かんき出版、2021年

※営利、非営利、イントラネットを問わず、本記事を許可なく複製、転用、販売など二次利用することを禁じます。転載、その他の利用のご希望がある場合は、編集部までお問い合わせください。

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