Coach's VIEW

Coach's VIEW は、コーチ・エィのエグゼクティブコーチによるビジネスコラムです。最新のコーチング情報やコーチングに関するリサーチ結果、海外文献や書籍等の紹介を通じて、組織開発やリーダー開発など、グローバルビジネスを加速するヒントを提供しています。


出藍之誉(しゅつらんのほまれ)

出藍之誉(しゅつらんのほまれ)
メールで送る リンクをコピー
コピーしました コピーに失敗しました

出藍之誉。「青は藍より出でて藍より青し」の意です。

世界中で最も古くから用いられてきた植物染料だと言われる「藍」からは、青色の染料を取ることができます。その青色が原料の藍よりも深い青色であることから、「教えを受けた人が教えた人より優れること。弟子が師より成長すること」を表現するときに使われます。

某メーカーのCEOのTさんが、ある日のコーチングセッションに持ち込んでくれたのは「自分を超える後進を育てる」というテーマでした。

頭ではわかっているものの

Tさんは、叩き上げから破竹の勢いで出世した若きCEO。コーチングでお会いするたびに、新しいチャレンジや新しく学んだことについて、嬉々として報告してくださるエネルギーの高い方です。

「ちなみに、これまでの人生で、自分を超えていく人材を育てた経験はありますか?」

そう尋ねると、

「うーん、これまではないですね」

「もし自分を超える後進を育てることに成功したら、その先、Tさんはどうするんですか?」

「そういうシチュエーションをリアルに想像してみると、滅茶苦茶悔しい気持ちが湧いてきますね。思い浮かべるだけでネガティブな感情があふれてくる。もし自分を超えてきたと感じたら、自分がもっと成長してそいつを抜き返そうとすると思います」

「なるほど。とってもTさんらしいんですが、ということはTさんは本気で自分を超える後進を育てようと思っているのでしょうか?」

そう問いかけると、Tさんはしばらく黙り込んでしまいました。

「口では綺麗ごとを言いましたが部下には絶対に負けたくないし、『この人を超えることは無理だ』と思わせるぐらいのスピードで自分は成長してやろうと思っています。

ああ、そうか。自分を超える後進を育てると口では言いつつ、絶対にそうさせないとも思っているわけですね。でも、こうやって経営者が代々自分を超える後進を育てられていないと、会社はシュリンクし続けるしかなくなりますよね」

「そうしたほうがいいと思うけれど、一方では、やりたくないと思っている。こういうときって、どうしたらいいんでしょうね? 何が障害になっている可能性があるでしょうか」

そうしてTさんと30分ほどかけて話しているうちに、「後進を育てる」という言葉に対してTさんの中に「自分が歩いてきた道を後ろからついてくる人を育てる」というイメージがあることが見えてきました。しかし、そもそも自分が通ってきた同じ道を歩いて来させた上に、先を歩いている自分に追いつき、追い抜かせようするという考え方自体には多少なりとも無理がありそうです。可能なことかもしれないものの、それでは追いつくほうも大変そうだし、抜かれたほうもいい気持ちがしないのではないでしょうか。

この道はいつか来た道

経営者に限らずリーダーには、後継者に対して自分の「完全コピー」を期待しているケースが少なくありません。その場合、「育てる」とは、自分のやり方や考え方を教えることなのでしょう。さらに厄介なのは、自分ではそうしているつもりはないことです。

実際に私自身、もし手塩にかけてきて育ててきた部下が自分とは違う道を進み始め、自分の価値観や判断基準では到底成功するとは思えないような発想を語り始めたとしたら、と想像すると、

「そのやり方で成功できることを私に理解させてみろ」

「そのやり方で進めたかったら私を納得させてみろ」

といったセリフが頭をよぎります。

しかし、自分の歩んできた道を後継者に進ませようとする限り、「出藍之誉」は望むべくもないでしょう。しばしば見かける引退後に舞い戻る経営者は、自分の完全コピーを追い求めた結果なのかもしれません。

過去に数々の高視聴率番組の制作に携わった、某有名プロデューサーからこんな話を聞いたことがあります。

部下の中でも特に優秀だと認める人材を手塩にかけて磨いても、彼らからはまずまずの高視聴率番組は生まれるものの、予想の範囲を超えることはない。一方で、むしろ若い頃から誰にも認められず、「何がいいのかさっぱり理解できないような企画」を立てる人材から、たまに驚くような高視聴率番組が生まれることがある。

自分には理解できないアイディア、自分は納得ができない提案が、部下からもたらされた時に、相手の能力が劣っていると解釈するのか、それとも、自分とは違う道筋で大きく飛躍するチャンスがあると解釈するのか、そこに「出藍之誉」への分岐点があるのかもしれません。

自分は自分の道を行く

ギャラップ社が2014年に実施した「アメリカで最も急成長している民間企業の年次ランキング 500社(In.500リスト)」に含まれる143人のCEOを対象とした調査があります。(※)そこでは、CEOの権限委譲の能力が高い企業は、3年間の平均成長率が1,751%で、CEOの権限委譲の能力が低い企業に比べて112%ポイント高いという結果が出ています。実際に、CEOの権限委譲能力が高い企業のほうが、低い企業と比較して2013年の売上高が33%高かったそうです。

3週間後、Tさんは嬉しそうに私に報告をしてくれました。

「前回のコーチングでテーマにした後進の育成の件ですが、まずは『今の自分』と比較しないことに決めました。その上で、30歳の人材には自分が30歳の時よりも、40歳の人材には自分が40歳の時よりも、責任と権限のあるポジションをどんどん任せるようにしました。

これから、その年齢だったときの自分には到底できなかった経験が積めるような機会も与えるようにします」

自分と同じ道をなぞらせない。自分は自分の道で成長し続ける。

実にTさんらしい言葉でした。

この記事はあなたにとって役に立ちましたか?
ぜひ読んだ感想を教えてください。

投票結果をみる

この記事を周りの方へシェアしませんか?


【参考資料】
※ SANGEETA BHARADWAJ BADAL AND BRYANT OTT, "Delegating: A Huge Management Challenge for Entrepreneurs", GALLUP, APRIL 14,2015

※営利、非営利、イントラネットを問わず、本記事を許可なく複製、転用、販売など二次利用することを禁じます。転載、その他の利用のご希望がある場合は、編集部までお問い合わせください。

権限移譲/後継者育成 経営者/エグゼクティブ/取締役 育成/成長

コーチング・プログラム説明会 詳細・お申し込みはこちら
メールマガジン

関連記事