Coach's VIEW は、コーチ・エィのエグゼクティブコーチによるビジネスコラムです。最新のコーチング情報やコーチングに関するリサーチ結果、海外文献や書籍等の紹介を通じて、組織開発やリーダー開発など、グローバルビジネスを加速するヒントを提供しています。
「いま、ここ」で才能を解き放つ!
コピーしました コピーに失敗しました私は、今年度から、ある事業組織の事業責任を担うことになりました。今日ご紹介するのは、メンバーのAさんについてのストーリーです。
Aさんは、新卒で入社した3年目の社員。真面目で慎重、話していると芯の強さを感じるAさんですが、入社以来、新規営業に苦手意識を感じていました。そのAさんの意識や行動がこの数ヶ月間で大きく変化し、最近は彼女の口から、
「営業って面白いです」
という言葉が出てきます。実際に、彼女はこの2ヶ月間で、すでに昨年の実績の半分にあたる成果を上げています。
Aさんの変化は、いったいどのようにして起こったのでしょうか。
毎日10分話してほしい
昨年まで中堅・ベテラン社員の割合が多かったこの組織に、今年度の組織編制で、新卒入社を含む20代社員が多く加わりました。昨年以上の成果を出すには、若手社員の育成を急ピッチで進める必要があります。そんな中、私は若手の育成を担当するリーダー陣に、以下のリクエストを出しました。
- メンバーそれぞれに、毎朝10分コーチングすること
- 10分以内で終わらせること
- 業務上の相談事、悩みに付き合って解決するのではなく、行動を振り返ったり、未来に向けてどうするのかに焦点を絞ること
リーダーたちは、当初困惑した表情で、
「すでに週に1回、30分の1on1をやっていて、そこでいろいろと話しています。さらに時間をとる必要がありますか?」
「10分で何ができるか不安です。しっかり時間をとって向き合うほうがいいのではないでしょうか?」
「私たちの時間は、今、もっと他のことに向けるべきなのではないでしょうか?」
と、私のリクエストを簡単には受け入れてはくれませんでした。
毎日小さな変化をつくる
私がこのリクエストをした背景には、今回の新組織をマネジメントする上でのこだわりがありました。
それは、私たちがお客様に提供している「コーチング」を高いレベルで体現し、それによって成果を出すことです。紺屋の白袴にならぬよう、「コーチングマネジメント」にこだわりたい。
コーチングに期待して入社し、これからの会社の未来を担っていく若き社員が、自社のサービスに誇りを持ち、情熱的に営業活動に取り組んでいくためには、自分自身が自社のサービスであるコーチングを活用し、「行動変容できた」「マインドセットが変化した」という体験をもつことが何よりも活動を活発にし、エンゲージメントも高まるはずだと考えたからです。
自分の体験を振り返って、有意義だったと思えるコーチングとは、習慣が変わった、新しい行動をするようになった、人に対する見方が変わったという「自分自身の変化」を手にした時です。
それはもちろん30分の1on1で起こることもあります。でも、どんなに小さくてもいいので毎日の関わりの中でそうした変化を創り出すことが、コーチングマネジメントと言えるのではないでしょうか。
「この新組織では『小さな変化を増やしていく』という考え方でやっていきたい」
リーダーたちと、彼らが納得いくまで一緒に話し、全員合意のもと、10分間コーチングがスタートしました。
毎日の関わりが創り出した変化
10分間で話すことはとてもシンプルです。
- 昨日うまくいったことはどんなことですか?
- 今日、具体的に何をやりますか?
- なぜそれをやりますか?
- 想定しうる障害はどんなものですか?どう乗り越えますか?
- 誰を巻き込んだらよさそうですか?
毎朝こうした問いに向き合い、その日の自分のイメージをリーダーと一緒につくります。
スタートして数週間がたった頃、Aさんを担当するリーダーから報告がありました。
「最近のAさんは自分でどんどんアポイントを取ってくるし、以前に比べて格段に相談の頻度と量が増えました」
それまで、Aさんにとって新規営業の場は「嫌な場」でした。お客様と何を話せばいいかがわからず、自分がどう評価されているのかばかりが気になって、緊張していたといいます。
それが、毎朝の問いかけによって、自分はその時間をどういう時間にしたいのかという意識に変わっていきました。どんなことをお客様に聞けばいいのか、自分は何を話すといいのかを準備して臨むことで、営業の場が相手の方の経歴やストーリーを聞くことのできる「面白い場」に変わったのです。
「短い時間でも、毎日行動について話し続けることで、マインドを高く保ち続けることができる実感があります。私、これで良いんだなという自己肯定感を得ることができるんです。
なによりも、毎日、私のために時間を取ってくれるので、本当に自分の成長を応援してくれているんだなと感じられます」
Aさんの話を聞いていると、営業が嫌いなわけでも、新規営業のためのスキルが低いわけでもなかったのかもしれない、と気がつきます。
リーダーの役割とは
ハーバード・ビジネス・スクール教授のリンダ・A・ ヒル等は"What Makes a Great Leader?"というコラムの中で次のように述べます。
「この新しい世界においてリーダーの仕事は、他者を従えて未来に向かうのではなく、 他者を招いて未来をともに創造することにある。(中略)誰もが天才の片鱗(才能や情熱)を持っていると信じ、それを解き放って活用すれば、(中略)革新的な解決策を導き出すことができると考えている」(共著『コレクティブ・ジニアス(Collective Genius)』の一節より)
リーダーとしても、コーチとしても、「相手が、有能な人である、才能に満ち溢れた人である」という前提を持ち続けられるかどうかで、その関わり方も伝わるものも大きく変わることでしょう。そしてそれを毎日の関わりの中で実践していく。30分間の定期的な1on1も大切な時間です。しかし、マネジメントは「いま、ここ」です。いまここで、常にコーチとして関わる。相手が自ら変化を創り出すことに貢献する。コーチとしてマネジメントするというのは、そういうあり方なのだと思います。
Aさんは、リーダーとの日々のコーチングによって、これまでの営業活動の中では感じることのできなかった、自分の才能に気づくことができたのでしょう。そんなAさんは、今やチームメンバーにポジティブな影響を与えています。
私たちリーダーには、次の世代の能力を開発していく責任があります。
変化の激しいビジネス環境において、悠長なことは言っていられないという考えもあるかもしれません。しかし 、常に「この人は、どんな才能を持っているのだろうか?」 という問いをもちながら相手と対話できるリーダーが増えることで、組織にイノベーションや変化を起こす可能性が大きくなると信じています。
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【参考資料】
※ Linda A.Hill, Emily Tedards, Jason Wild, and Karl Weber, “What Makes a Great Leader?”, Harvard Business Review Online, Sep. 19, 2022
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