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心を鍛える
コピーしました コピーに失敗しました「心を鍛える」。どこか古臭く感じる言葉です。抽象的で、精神論にさえ聞こえます。
しかし、このAIの時代、この「心」という言葉に新たな可能性を見出してみたい、そんな欲求に駆られています。
きっかけとなったのは、コーチングのお客様から「尊敬する人物」としてよく名前の挙がる、吉田松陰について調べ始めたことです。幕末に活躍し、多くの人たちに影響を与えた教育者、思想家であるといった程度の知識は持ち合わせていましたが、詳しく調べると、驚くことがたくさん出てきました。
幕末に吉田松陰のもとで学んだ人、影響を受けた人は、久坂玄瑞、高杉晋作、伊藤博文、大隈重信、岩倉具視、坂本龍馬等々、枚挙にいとまがありません。260年続いた社会システムを変革した立役者もいれば、新たに樹立された明治政府で総理大臣や大臣となる人物が複数います。
吉田松陰の、変革のリーダーを開発する手腕は、半端ないものだと感じます。
陽明学
さらに驚いたのは、彼が29歳で亡くなったという事実です。彼が学びの場として運営した松下村塾は、たった2年間しか開かれていません。にもかかわらず、数多くのリーダーを輩出している。
いったい何がどうなったら、こんなことが可能になるのだろうか。その理由を見つけるべくさらに調べていくと、ヒントになりそうなことが見つかりました。
それは「陽明学」です。
「陽明学」とは、15世紀に中国の王陽明が創始した儒学の一派です。江戸幕府で広く採用されていた朱子学は「正しい行いをするためには、まずは正しいことを学ぶ」という姿勢を重んじました。陽明学は、その朱子学へのアンチテーゼとして現れました。
陽明学の特徴は、「あなたが成すべきことは既にあなた自身が知っている」「座学で学ぶことよりも実践を重んじる」という思想です。吉田松陰たちは陽明学に影響を受けました。
他者から正解を教えてもらうことを待つのではなく、自らの中にある目的や答えにアクセスし、すぐにそれを実践する。この考え方は、コーチングにも通じます。
また、陽明学には、「心即理」「知行一致」「致良知」といった考え方がありますが、私はこの中でも「心即理」に興味を惹かれます。
「心即理」とは「心の中で既にものごとの正しい道筋を知っている」という考え方です。「頭で考えてわかる」のではなく「心は既に知っている」というのです。
「頭」と「心」は、「理性」と「感性」と言い換えられるでしょう。
クライアントの話を聞いていても、自分を振り返っても思うのは、私たち現代人の多くは、理性的に生きることを課せられているということです。感性を発揮する機会は極めて限られています。思いつきで行動したり、感情を交えて判断したりすると道を誤る、そう教えられ、感情を抑制する訓練を課してきた人も多いのではないでしょうか。
しかし数多くのリーダーを創り出した松下村塾では、「心が既に知っている」と考える陽明学を学んでいたのです。
私の心は何を知っているのか
では、私の心は、果たして何を知っているのでしょうか。
自分の体験を探してみると、シャワーを浴びているとき、質問を次々に浴びせられてもう答えが出てこないと思ったとき、軽く睡眠状態に入ったとき、そんなときに自分にとって大切な考えや指針、気づきや悟りのようなものが急に湧いてくるような瞬間があります。
要するに思考が停止しているときに心が表れるのではないかと考え、毎朝の瞑想後、すぐに日記をつけることを試し始めました。瞑想で、呼吸だけに集中していると、思考が落ち着き、頭の中が静かになります。そこを狙って日記を書きます。
前日にあったことを思い返しながら、自分が何を感じていたのか、頭に言葉が浮かぶのを待ちます。考えるというより、感じるという感覚で言葉を探します。そして最後に書かれたことを全部読み返し、タイトルをつけます。
先週一週間はこんなタイトルが並びました。
「私は肯定したい」
「面倒くさがってはいけない」
「雑にやってはいけない」
「人に勇気を与えたい」
「表現者として、その表現を磨け」
「人は平和と美しさを愛している」
「行動と意志は一致しない」
脈絡がないようですが、これらを眺めていると、そこには私がやりたいこと、なすべきこと、前進するうえで大事になってきそうなことなど、自分にとって本質的なことが見えてくる感覚があります。頭で考えたというよりも、既に自分の中にあった、そんな感覚です。
主体性を発揮するとは
吉田松陰に影響を受けた幕末の志士たちの覚悟や行動力は、自分の心の中にあること、頭で考えたこと、そして体(行動)がすべて一致したところから生まれたのでしょう。
主体性を発揮するとは、頭と心と体が一致している状態と言えるかもしれません。頭で考えるだけではなく、自分の心の声を聞き取り、それに従っている。感情にかき乱されるのではなく、しっかりコントロールできている。そして、それが常に行動に移され、そのことによってまた新たな学びや成長が起きている。
翻って今の自分には、頭と心と体が一致している瞬間がどのくらいあるでしょうか。
頭は頻繁に損得勘定をしています。感情ひとつとっても、他者の成功を喜ぶ心もあれば、自分の欲を求める心もあります。感情は自分のエネルギー源になることもあれば、自分が成すべきことを曇らせる原因にもなります。
それでも、頭と心と体を一致させることをもっと意識したら、今の自分ができると思ってる限界を超えることも可能になるかもしれません。
まだまだ陽明学や吉田松陰の学びの入口ではありますが、今回これらに触れたことで、希望の光を見るような感覚があります。
私たちにはポテンシャルがある
私たちには、まだまだポテンシャルがあります。
近代は、科学主義が大きな影響力を持ってきました。そんな中、「心」は正式な居場所を失ってしまったのかもしれません。
でも、私たちが改めて毎日自分の「心」と向き合い、そしてそれを鍛えることができたなら、今以上にエネルギーにあふれた行動ができるのではないでしょうか。そして、もっと自分らしく生きる、もっと人生を「主体的に生きる」ことができるようになるのではないでしょうか。
弱ってしまった心を鍛えなおす。私たちにはまだまだ余白があることを、今回、吉田松陰から学びました。
実践によって日々心を鍛え、自分の心の声に導かれ、また行動する。一人ひとりがそのようにできれば、誰かが多くの教えを多くの時間をかけて教え続ける必要はなくなります。
吉田松陰がこれだけ短い時間で多くのリーダーを開発したヒントの一つが、ここにあるかもしれません。
あなたが最後に心の声を聞いたのはいつでしょうか?
あなたの心は、日々あなたに何を語り掛けてきているでしょうか?
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【参考資料】
林田明大著『新装版・真説「陽明学」入門』 ワニブックス、2019年
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