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「間」がもたらす可能性

「間」がもたらす可能性
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「リレーショナル・インテリジェンス」という言葉を耳にしたことがあるでしょうか。日本語にすれば「関係性の知能指数」となりますが、これは具体的にどんな知能なのでしょうか。

ヒトは知能が高いのに、脳の処理速度が遅い

高い知能を持つ動物である霊長類の中でも、とりわけ知能が高いのがヒトです。知能の高さは脳の神経細胞の数に比例し、実際これまで調べられたどの哺乳類よりもヒトの脳は神経細胞の数が多いことがわかっています。

一方で、処理速度で比較すると、ヒトの脳は他の霊長類の脳に比べて遅いことも、研究によって明らかになっています。音の発生に対して脳の聴覚野が反応するまでの速度を調べた研究では、霊長類の脳の容量が大きくなるほど遅くなるという結果となり、ヒトの脳はアカゲザルの2倍、チンパンジーの1.67倍も時間がかかります。

また、チンパンジーは瞬間記憶に優れています。モニターのばらばらの箇所に一瞬だけ映し出された数字やイラストを記憶するというテストでは、チンパンジーの正答率は80%を超えます。目の前に一瞬でも表示されたものを記憶する、処理速度の速さが成せる技です。人間は、チンパンジーに到底かないません。

では、「知能が高いのに処理速度が遅い」とは、いったいどういうことなのでしょうか。

実は「処理速度が遅い」ことからは「刺激を分析する時間が長い」ことが示唆されます。より多くの神経細胞を経由して処理することで速度は遅くなりますが、いわばその分じっくりと分析しているのです。

じっくり分析することで得られることは、私たちヒトと他の霊長類との違いに深く関係しているようです。

「間」の存在が意味を創り出す

瞬間記憶に代表される処理速度の速さは、目の前にあるもの、起こることを、その瞬間瞬間で捉えて処理します。つまり、見たものや聞いた音はその刺激の羅列として処理されます。

一方で、ヒトの脳の処理速度は遅いため、瞬間瞬間を捉えることができない代わりに、見たものや聞いた音を「連なり」として把握することができます。たとえば音楽を例にとると、ヒトは音の連なりをメロディとして捉えることができますが、チンパンジーにとっては単なる音の羅列に過ぎません。

実は、この「連なり」は、「間」があることで生み出されます。もし「間」がなければ、それは情報の羅列か、終わりの見えないただ一つの情報ということになります。「間」の存在によって、連なりの幅が確保されます。さらに、その連なりを統合的に捉えていくことで、より多くの情報を得ることが可能になります。音の連続的な並びから、音楽や言葉という認識を形成することができたことに、ヒトの知能の高さを見てとることができます。

この「間」という概念は、私たちにさまざまな視点をもたらしてくれます。

時間的な「間」、空間的な「間」

私たちは、普段どれくらい「間」というものに関心を払っているでしょうか。

会話の途中にふと訪れる「間」。相手と自分の間に存在する「間」。仕事上の役割と自分自身の間に存在する「間」。

このように、気づけば時間的な「間」や空間的な「間」など、「間」はあちこちに存在しています。しかし、会話の「間」に不安を感じたり、仕事上の役割がまるで自分と一体になっているように感じたりするなど、多くの場合、「間」は不要なものであったり、忘れ去られたりしているのではないでしょうか。

相手と自分の間の「間」も同じです。私たちは普段、「自分」や「相手」という個別の存在にのみ意識を向け、二人の「間」に意識を向けることを忘れます。そして、うまくいかないことが起こると、相手を変えようとする。そんなときに、相手ではなく、相手との間に築かれている関係性に目を向けると、何が見えてくるでしょうか。

ヒトに与えられた知能を活かすために

芥川賞作家の平野啓一郎氏は、「個人」に対して「分人」という概念を用い、「自分」を不可分な一個人ではなく、「他者との関係の中で立ち現れる"自分"=分人」の集合と捉えることを提唱しています。絶対的な自分という個人が存在するのではなく、自分とは他者との関係性の産物であるという捉え方です。これは言い換えれば、自分自身は他者との「間」に存在するということです。

このような観点から「間」に目を向けると、これまでと違うものが見えてきます。

たとえば、「この組織には、どういう人材がいるだろうか?」という視点から、「この組織には、どのような関係が存在しているだろうか?」という視点へ。

「部下/上司は、なぜわかってくれないんだろう?」から、「部下/上司とともに理解し合うには何ができるだろう?」という視点へ。

自分を理解したり、相手を分析したりする前に「間」、つまり関係性に着目し、そこから自分を見る。そこには、さまざまな他者との関わりの中から生まれる自分がいます。これは、自分とは異なる他者と関係を築いていくうえで可能性を感じるアプローチではないでしょうか。

変えられない相手への不満や自分への反省に時間を費やすのではなく、互いの関係性の現状とありたい状態を明らかにして、それを構築するために、相手とコミュニケーションをとる。個人としてどうするかの前に、他者との「間」に自覚的になり、他者との関係性に目を向ける。

私には、このプロセスこそが、まさにヒトに与えられた「処理速度を落とすことで手に入れた高い知能」を活かす営みのように思えます。

関わりの中で、相手と自分との「間」に意識を向けることこそが、リレーショナル・インテリジェンス、関係性の知能指数を高めていく鍵だといえるのではないでしょうか。

まずは自分の周りの人との「間」に意識を向けることから始めてみませんか?

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【参考資料】
● 伊藤浩介 新潟大学脳研究所 准教授、『サルより遅いヒトの脳処理
●「“神経”  謎だらけのネットワーク」、ヒューマニエンス40億年のたくらみ、NHK、2023/4/24放送
●平野啓一郎(著)、『私とは何か 「個人」から「分人」へ』、講談社現代新書、2012年
●松沢哲郎(著)、『心の進化をさぐる はじめての霊長類学』、NHK出版、2017年

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