Coach's VIEW

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「自責」の誤用

「自責」の誤用
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「思ったように成長できていないのは、自分に責任があると思うので...」

人材開発領域の担当役員A氏は、新卒入社2年目の社員の口から洩れた一言を聞いて

「これはやり方を間違えたかな」

と直感しました。

入社後3年間の社内教育体系のバージョンアップを目的に、その社内教育を実際に体験した社員一人ひとりにヒアリングを実施していたときのことです。A氏は、たくさんの改善提案が出てくることを期待しながら、

「次の世代には更に優れた内容の教育を届けるためにも、言いにくいことも含めて何でも正直に教えて欲しい」

とヒアリング対象の社員たちに問いかけました。その時に返ってきたのが冒頭の言葉です。しかも一人だけではなく、全員が同じようなことを言ったのです。

なぜこのようなことが起きたのか? A氏には思い当たる節がありました。

アカウンタブルとヴィクティム

coachAcademia(コーチ・エィ アカデミア)でコーチングを学んでいたA氏は、コースの中で学ぶ「アカウンタビリティ」という考え方に強く共感していました。そこで、自社のコアバリューの一つにアカウンタビリティの発揮を追加し、社員教育を行いました。

アカウンタビリティとは、「一人ひとりが、自分の責任において考え、行動を起こす意識や態度」のことを指します。もう少し詳しくいうと「望む状態を手に入れるために、自分が問題の当事者であるという意識を持ち、自分の意思で主体的に考え行動しようとする意識や態度」を意味しています。そして、そのようなスタンスでいるときを「アカウンタブルな状態」と表現します。

アカウンタブルには、真逆の状態があります。それは「望む状態を手にできないのは他者や環境のせいだと考え、自分で現状を変えようとはしない被害者的な気持ちや態度になっている」状態です。これを「ヴィクティムな状態」と表現します。

私たち人間は、日頃からアカウンタブルとヴィクティムの2つの状態を行ったり来たりしながら生きています。

「すべて自責」に意味はあるのか

Aさんの実施した社員教育では、多くの社員がアカウンタビリティの考え方に共感してくれました。また、社員数があまり多くないこともあり、思いのほかすぐに、その考え方が業務の中でも活用されるようになりました。

ただ、気になることもありました。

「その発言はヴィクティムだよ」
「そういうヴィクティムな姿勢はよくないね」

と、他者を批判する言葉として使われているのを耳にしたからです。「そういう使い方でいいのだろうか」となんとなく違和感を感じていました。

そしてA氏は冒頭の新入社員の言葉を聞いて、自分の勘が当たっていたことを自覚しました。

そこでA氏は、当初の予定よりも多くの時間を割いて、新入社員の話を丁寧に掘り下げていきました。すると、ようやく彼らの口から現教育体系の問題点がでてきました。

「この点については、感じたときに教えてほしかった」

とA氏が言うと、

「そんなことを言ったら環境のせいにするヴィクティムな社員だと言われてしまいます」

という答えが返ってきました。

アカウンタビリティとは「自分に何ができるか」を考えることであり、誰に責任があるかを問うものではありません。ところが「環境や周囲のせいにしない」という部分だけを捉えてしまうと、「全て自責で捉えることが良いことだ」という錯覚が起こります。つまり「自責の誤用」です。

責任を指摘するのではなく、一緒に考える

アカウンタビリティにおいて大切なことは、

「自分にできることは何だろうか?」

という問いです。最善の行動の選択肢を探し続け、自ら行動を起こすとともに、自らの選択の結果の責任を引き受けることにあります。

「その発言は、ヴィクティムだね」

という指摘は、

「あなたは責任を引き受けていないよね?」

という指摘に過ぎません。指摘するだけでは、相手は何をしてよいのか分からなくなる可能性があります。

A氏の組織で起きたような「自責の誤用」が起こっている事例は、決して少ないケースではありません。アカウンタビリティの概念をご紹介すると、多くの組織で、

「ああ、自責のことですね。うちでも推進しています」

というコメントをいただきます。ただ、詳しくお話を聞いてみると「自責の誤用」が起きていることが少なくないと感じます。

アカウンタビリティや「自責」の考え方は、たしかに奨励されるべきものでしょう。しかし「誤用」が起きてしまうと、それはかえって組織にダメージを与えることにもなりかねません。

独立研究者の山口周氏は、ハーバード・ビジネス・レビューで、「目上の人に対して反論したり主張したりすることに対する心理的な抵抗感」の強さと国別一人当たりのGDP、あるいはイノベーションランキングの相関関係が極めて高いことを指摘しています。つまり、目上の人に対して反論や主張をすることに抵抗を感じやすいカルチャーでは、組織的なイノベーションが起きにくい可能性があるのです。

現場社員が勇気をもって発した反論や主張に対して、

「それってヴィクティム(他責)なんじゃない?」

という上司からの一言は、恐ろしいほどの圧力を持っているのではないでしょうか?

A氏の体験がそれを教えてくれます。実際に、教育体系の改善のチャンスは失われる寸前でした。

もしあなたがアカウンタビリティが発揮できていない状態にいる人を見かけたとしても、そのことを指摘したり批判したりすることは好手とはいえません。

オススメは、あなたもその人と一緒に考えることです。

「私たちに何ができるか、一緒に考えてみない?」

あなたも相手も一緒にアカウンタブルになれる素敵な選択肢だと思うのですが、いかがでしょうか?

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【参考資料】
山口周、『イノベーティブを生み出す組織とは(上)「明確な方向感」「多様性」「風通しの良さ」』、ハーバード・ビジネス・レビュー電子版、2012年12月26日掲載

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