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禁断のアドバイス

禁断のアドバイス
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いよいよパリオリンピック2024が開幕しました。嬉し涙、悔し涙、いくつもの真剣勝負による感動は、真夜中にもかかわらず興奮をもたらし、寝不足貯金がたまっていくばかりです。

コーチという立場でオリンピックという場を捉えてみると、世界最高峰を目指す10,500人の「トップアスリート」と彼らの「コーチ」という関係性が、いまパリに「在る」ということになります。

試合前にはどんな言葉をかけているのか
どんな顔つきで送り出すのか
負けたときにどのように選手を迎え入れるのか
試合以外の時間はどんな風に過ごしているのか

アスリートよりもコーチに目が行ってしまうのは職業病なのかもしれませんが、それ以外に、もう一つ理由があります。

アドバイスが下手な自分に直面する

先日、息子が卓球の練習試合に参加することになりました。卓球の試合では、ゲームとゲームの間に1分間のアドバイスタイムがあります。この短い時間に、試合の流れや相手の特徴を見て、何をどのように伝えるかで試合の流れが変わります。試合の1週間前、チームの監督から「同行ができなくなってしまったのでお母さんにお願いしたい」という連絡があり、急遽、私が息子のベンチに入ることになりました。

上述した通り、ベンチコーチは勝敗を決するような重要なミッションを担います。私自身も卓球経験者ではあるものの、30年間もブランクがあります。練習試合とはいえ、都内の強豪との強化試合ということもあり、選手にとっては大事な場。プロコーチである自分にとっても、いつもと違う視点でコーチングを見つめ直す良い体験と捉えました。

試合まで一週間、自分には何ができるかと、雑誌やYouTubeで最新の情報に触れたり、アドバイスの極意を得るためにスポーツコーチングの本を読んだり、息子のプレーの特徴を分析してみたりもしました。また、事前に試合の映像を見てアドバイスタイムのシミュレーションもしました。

一週間の準備でわかったのは、ベンチコーチには、その場でプレイヤーの力を最大限に発揮させる能力が求められるということです。それを痛感しつつ迎えた当日、やはり付け焼刃では歯が立たず、役割を十分に果たせぬまま試合を終えました。そこには、日頃のコーチングの癖なのか「今のゲームどうだった?」なんて聞きそうになったり、「自分を信じて!」なんて精神論を伝えたくなったりする自分がいました。

ときにアドバイスも必要である

「どうしたら、もっとうまくアドバイスができるだろうか?」

この問いは、我々コーチにとっては、まさに禁じ手のような問いです。なぜならば、コーチングを学び始めてからずっと、

「アドバイスはしてはいけない」
「アドバイスをすると相手の主体性が失われる」
「アドバイスなんて三流コーチがやること」

と叩き込まれ、自分も「アドバイスはしません」と言い切ってきました。

私たちがビジネスとして実践するコーチングは、中長期間に相手の成長や能力向上を目指しており、スポーツの試合のような超短期のパフォーマンスを高めるための作戦、戦術にフォーカスを当てた関わりをすることはまれということもあるでしょう。事実、効果的なアドバイスの具体的な方法を学んだり、真剣に練習をしたことがありません。

もちろん、ご存じの通りコーチングは万能ではありません。日常の仕事において、コーチングだけで周囲をうまくいかせることはできません。たとえば、新入社員が取り組んでいる仕事についてアドバイスを求めてきたら、コーチングではなくティーチングやアドバイスをする方がはるかに効果的です。相手や成長過程、テーマに応じてコーチングやティーチングを使い分けることが重要なのです。

今回のベンチコーチとしての失敗は、「どうしたら、もっとうまくアドバイスができるか?」という問いと同時に、「私自身は、マネジメント上で必要なときに、部下に適切にアドバイスができていたのだろうか?」という問いにもつながりました。

効果的なアドバイスとは

今回の体験から、アドバイスについて学んだことは2つあります。

一つは、「アドバイスは自信をもって伝えること」。自信のないアドバイスは、伝えたところで相手に不安を残します。

自信をもって伝えるには、日頃から相手を観察することが必要です。相手は「何が得意/不得意なのか」「どんなケイパビリティ(知識、スキル、リソースなど)をもっているのか」などを把握しておくこと。また、アドバイスを求められたとしても、それはテクニカルなことなのか、作戦についてなのか、メンタル的なことなのか、何を求めているのかを正しく把握することも重要です。日頃の観察だけでなく、その場で何が起きているかも観察し、理解している必要があるのです。

そしてもう一つは「アドバイスは、最新のアドバイスであること」です。

今回のケースを見れば、私の卓球の体験は30年前のものです。この間の卓球の進化を見れば、過去の体験はアドバイスの材料にならないことは火を見るよりも明らかです。しかし、仕事のアドバイスを考えてみると、私たちは自身の体験から得たことを中心に伝えようとすることが多いのではないでしょうか。

効果的なアドバイスをしようと思うのであれば、自分の過去の成功体験という限られたリソースに頼るのではなく、常に学び、アップデートし続け、自分の中に最新の情報をもっている必要があるのではないでしょうか。唯一無二の正解かどうかはわからなくても、今、自分が最善と思えることを具体的に伝えることが重要です。

だからこそ、アドバイスは難しい。コーチが「アドバイスをしてはいけない」と言われるのは、自分の過去の経験を押し付けて「相手の可能性を閉ざすことはするな」「相手が自分自身で考えて決める余地を奪うな」ということなのでしょう。

* * *

部下や大切なメンバーを「本当に成長させたい、成功させたい」と思ったら、自分の経験に頼って、安易にアドバイスするなんてとてもできません。そうつくづく実感できたことが、今回の失敗による収穫だったかもしれません。

今回のオリンピック、自分がコーチだったら、選手に今、どんな言葉をかけるだろうかと、そんな視点で楽しんでみるのもいいかもしれません。

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