Hello, Coaching! 編集部がピックアップした本の概要を、連載形式でご紹介します。
第3回 First 望ましくない慣れた行動パターンから、慣れないけれど望ましい行動パターンに変換しよう
2023年09月01日
2023年6月23日に、コミュニケーション科学者としてコーチングの会話の仕組みを研究してきた著者ヘスン・ムーン氏の『Coaching A to Z』の日本語版、『Coaching A to Z 未来を変えるコーチング』がディスカヴァー・トゥエンティワンより刊行され、その監修をコーチ・エィのファウンダーである伊藤守が務めました。
本書は、コミュニケーション科学者としてコーチングの会話の仕組みを研究してきた著者が、広範な研究に基づいた26の視点と具体的なエピソードを紹介しています。また、望ましい未来を設計するための、対話によるストーリー作りの基本を解説しています。
第1回 | 良い対話が優れた力を発揮する |
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第2回 | Already 目指す先の指標ではなく、すでに積み重ねた努力に注目しよう |
第3回 | First 望ましくない慣れた行動パターンから、慣れないけれど望ましい行動パターンに変換しよう |
第4回 | Look 心の中の感想や印象を明瞭な言葉に表し、相手と行き違いが起こらないようにしよう |
第5回 | Might 断定はせず、常に好奇心を持って可能性を広げよう |
第3回 First 望ましくない慣れた行動パターンから、慣れないけれど望ましい行動パターンに変換しよう
3人きょうだいの末っ子の私は、いろいろなことを、上の2人を見て覚えながら育ちました。しゃべるのも、数を数えるのも、読み書きも、自分の番が来る前に見よう見まねで覚えてしまったので、できるようになった年齢は上の2人より早かったのです。母は、発達の目安年齢の前に何でも習得する私に満足そうでした。
しかし、それはあくまで、私が10代になる前に、いわゆるティーンの振る舞いを体得し始めるまでの話。私は、理由もなく不機嫌な態度をとったり、ヘッドホンの音量を上げて音楽を聴いたり、大人には何を聞かれても「知らない」または(もっとクールに)「どうでも」と、パーカーのフードを目深にかぶったまま答えたりするようになりました。
あなたも見覚え(または身に覚え)がありませんか?
私は例によってイライラしていたある日、「理由もなく母親にケンカを売る」スキルを試そうと、母が夕食の支度をしていたキッチンに、水を飲みに行くふりをして入って行きました。
「あら、お腹がすいたの?」と母は笑顔で言いました。
私はまず肩をすくめてから、当たり前のことを聞きました。
「お母さん。私、3人きょうだいの末っ子なんでしょ?」
「そうよ。そうなる確率は高いわよ」と母は冗談まじりに答えました。
「それなら、私より前に2人、子育てを練習する機会があったわけね?」
「それは、面白い見方だわねえ」。そう言って、母は少し考えている様子でした。
そこで、私は機を逃さず、あらかじめ考えておいたセリフを投げつけました。
「だったらどうして、私をもっと上手に育てなかったのよ。もっとうまく育てられたはずじゃないの」
母はちょっと驚いた顔で私を見つめました。
そして「確かにそうよね」と、ゆっくりうなずきながら言ったのです。「でもね、あなたを育てるのは初めてだったのよ。それで、今も現在進行形であなたを理解するようになっている途中なの。だって、あなたは日ごとにあなたらしくなっていくんですもの」
ますます笑顔になる母の前に突っ立ったままの私は、想定外の展開にばつが悪くなり、肩をすくめてからくるりと向きを変えて、再び不機嫌なそぶりで自室へ戻りかけました。ですが、なんだか脱力してしまった自分に気がつきました。しかも、さっきより背筋が伸びているではありませんか。私は、母の温かい視線を背中に感じながら、廊下を歩いて部屋に入り、ドアを閉めました。
最初に現れる良い兆しは何だろう?
私たちは、何でも初めての経験はよく覚えているものです。初めてのデート、初めて買った車、最初に就いた仕事。そして親になると、わが子が最初の言葉を口にするのを心待ちにし、次は最初の一歩を踏み出すのをわくわくして待つものです。ところが、子どもはあっという間に、親が「いいかげんにしなさい」というほどおしゃべりしたり、走り回ったりするようになります。最初の喜びは、あまりにあっけなく薄れてしまうのです。
コーチングの仕事で私がやりがいを感じる瞬間は、こうして次第に喜びを感じられなくなっている家族との対話中によく訪れます。まずは親や子が堰を切ったように、互いを威圧的だ、過干渉だ、生意気だと非難するストーリーを語り始めます。
「お父さんたら、自分が絶対正しいと思ってるんだから!」と、その生意気だという娘が不満をぶちまけます。
「この子は誰の言うことも聞かないんですよ!」。威圧的だと言われた父親も負けてはいません。
家族やチームのメンバーがこのような膠着戦に陥っている場合、私は次の質問をします。「状況が少しでもよくなってきたとわかる兆しがあるとすれば、それは何でしょう?」
「お説教を始める前に、まず私の話を聞いてくれる」。娘がきっぱり言います。父親はため息をついて、首を振ります。
そこで私は、「では、あなたの言うように、お父さんが話を聞いてくれたら、あなたのほうは何が今とは違ってくるのかな?」と聞いてみました。
「たぶん......そうしたら......また、安心してお父さんと話せるようになる」と娘は言って、少々ふくれ面で父親を見上げました。
「じゃあ、お父さんと以前のように安心して話せるようになったら、あなたが最初にやることは何だろう?」
私がそう聞くと、まるで2人とも息を止めているような、長い沈黙が流れました。
「お父さんに悩みを相談して、アドバイスをもらったりするかも」
父親の顔に、かすかな驚きの表情が浮かび、2人はちらっと顔を見合わせました。
私たちは、確証バイアスの落とし穴に、性懲りもなく何度もはまってしまいます。誰でも、自分が信じていることを裏付ける証拠を探すものです。この親子の場合は、互いに対する決めつけが確証バイアスになっていました。つまり父親を「威圧的だ」と思えばますます威圧的に見えるし、娘を「生意気だ」と思えばますますふてぶてしく見えるのです。
私たちは自分についても周りの人についても、偏った認識に基づいた「証拠」から人柄や行いのパターンを勝手にイメージしてしまいます。例えていうなら、偏見の糸で織物を作るようなものです。
この親子との対話で私がしたように、最初に現れる良い兆しや、最初にとるポジティブな行動は何かと尋ねると、まるで織り上げてしまったタペストリーをほどくために最初の1本の糸を引いたようになるケースがよくあります。
職場のマネージャーなら、部下に「チームのメンバーとの人間関係が改善してきたとわかる、最初の兆しは何だろう?」と問いかけてもいいでしょう。学校の先生なら、生徒に「この科目が苦手でなくなってきたとわかる、最初の兆しは何だろう?」と問うといいかもしれません。病院の医師なら、回復期の患者に「快方に向かっているとわかる(またはわかった)、最初の兆しは何か」と尋ねてみてはどうでしょう。
こんなふうに問われると、それまで見えなかったものが見えてきます。見たかったものが、見えるようになるのです。「最初の」という言葉は、当たり前になってしまった周囲との関わり方のパターンを、違う角度から見直すよう促してくれます。英語で敬意や尊重を意味する単語「リスペクト(respect)」は、まさに、「再び(re)」「見る(spect)」ことなのです。興味深い事実ではありませんか。
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