書籍紹介

Hello, Coaching! 編集部がピックアップした本の概要を、連載形式でご紹介します。


未来を変えるコーチング

第4回 Look 心の中の感想や印象を明瞭な言葉に表し、相手と行き違いが起こらないようにしよう

第4回 Look 心の中の感想や印象を明瞭な言葉に表し、相手と行き違いが起こらないようにしよう
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2023年6月23日に、コミュニケーション科学者としてコーチングの会話の仕組みを研究してきた著者ヘスン・ムーン氏の『Coaching A to Z』の日本語版、『Coaching A to Z 未来を変えるコーチング』がディスカヴァー・トゥエンティワンより刊行され、その監修をコーチ・エィのファウンダーである伊藤守が務めました。

本書は、コミュニケーション科学者としてコーチングの会話の仕組みを研究してきた著者が、広範な研究に基づいた26の視点と具体的なエピソードを紹介しています。また、望ましい未来を設計するための、対話によるストーリー作りの基本を解説しています。

第1回 良い対話が優れた力を発揮する
第2回 Already 目指す先の指標ではなく、すでに積み重ねた努力に注目しよう
第3回 First 望ましくない慣れた行動パターンから、慣れないけれど望ましい行動パターンに変換しよう
第4回 Look 心の中の感想や印象を明瞭な言葉に表し、相手と行き違いが起こらないようにしよう
第5回 Might 断定はせず、常に好奇心を持って可能性を広げよう

第4回 Look 心の中の感想や印象を明瞭な言葉に表し、相手と行き違いが起こらないようにしよう

2020年は、波乱の1年でした。年が明けて、私の地元であるカナダのトロントで新型コロナウイルスの症例が出始めた頃のある日、私は血液検査クリニックの待合室に座っていました。私の隣では、水色の不織布のマスクをした高齢のアジア人男性が、時おりゴホゴホと咳をしています。周りの人たちは厳しい視線を向け、マフラーや手袋や袖口で顔を覆いながら、できるだけ遠くの椅子へそそくさと移動します。無理もありません。私の隣の老人は、どう見てもコロナ感染者に見えたのですから。

けれども、私は黙っていられませんでした。
「あのー、ちょっといいですか」
待合室に居合わせた人たちが、不意をつかれたように顔を上げました。
「この人がコロナ患者のように見えるのはわかりますが」
彼らの表情がこわばりました。同時に、迷惑そうな表情も浮かびました。
「この人は、私の父です。肺がんで闘病中です。だから怖がらないでください」

人々が事態を飲み込む間、一瞬の間があって、それから、どうでもよさそうな顔をする人もいれば、携帯電話の画面に視線を戻す人もいました。私は、まだまだ言いたい言葉が喉と胸の間につかえているような感覚を覚え、たった今の出来事が信じられない気持ちで、思わずため息が出ました。私は生まれて初めて、自分がふるさとと呼ぶ街で、見た目を理由に、沈黙の暴力というかたちで差別を経験したのです。

言葉がその人の世界を構築する

偏見による差別は大昔からあるとはいえ、初めて経験する人だっているのです。かくいう私たちも、無意識のうちに、または沈黙によって、偏見を生み出し、承認し、定着させることに度々加担してきたのではないでしょうか。「乱暴者」「障害者」「権威ある人」などの言葉を聞いて、即座に浮かぶのはどんな人物像ですか。コーチングの対話でも、ろくに話もしないうちに互いに対して誤った印象を抱いてしまう危険性がないとは言えません。私たちの先入観は、会話を始めた瞬間から、相手に対する見方を左右するからです。その人はどういう人で、どんな生き方を目指すべきで、どんな助けを必要としているか。その人の言葉にはどんな意味が込められていて、何を言おうとしているのか、と。

私とゼインのやりとりを例に見てみましょう。コーチングを学ぶゼインは、自分が担当したセッションの録画を携え、助言を求めに私を訪ねて来ました。彼のクライアントはある企業のCEOでした。私は実際に録画を見る前に、ゼインにこう尋ねました。
「それで、セッションはどうだったの?」
ゼインは、ひどく疲れた様子で、ため息をついて言いました。「あんなに難しいクライアントは珍しいですよ。私が何か言う度に反論するんです。ああいう人の下で働くのは大変だろうなと思います」

私が笑って「とにかく録画を見ましょう」と言い、ゼインが再生ボタンを押しました。
さて、ここで読者に質問があります。今の時点で、ゼインと私が会話をしている場面や、ゼインとクライアントのセッションの場面を想像して、どんな人物像が目に浮かびますか。ゼインは、CEOは、どんな外見で、どんな話し方でしょうか。そもそも性別、人種、年齢について、あなたはどんな印象を持ちましたか? ゼインが録画を再生し始めたとき、私は一瞬、彼が(そう、ゼインは男性です)間違えて別の録画を持って来たのかと思いました。ゼインは、小柄な黒人女性と向き合って座っています。女性の年齢はおそらく70代でしょう。彼女の声が非常に小さいので、私は録画を見ながら音量を上げたほどです。

CEO│役員会は、必要不可欠な見直しを行うために私を雇ったんですよ。それなのに、私が具体策を提案すると反対するんです。まだ、変革の地盤ができていないのだと思います。

ゼイン│では、強硬な印象を与えないように、意見の伝え方を変える必要がないでしょうか。

CEO│強硬? 私は全然、強硬な態度なんてとっていません。

ゼイン│あ、そういう意味ではなくて、変革の内容が強硬だと受け取られないように、ということです。賛同してもらう必要があるわけですから。

CEO│賛同も何も、私は頼まれた通りのことをしているだけです。強硬の全く逆ですよ。

ゼイン│では、もっときっぱりと意見を述べたほうがいいと思いますか。

CEO│いいえ、思いません。私の声が小さいから、そうおっしゃるんでしょう?

あなたは、ゼインとCEOのやりとりの一部から、どんなことを読み取りましたか。
話し相手の言葉を一方的に解釈したり、その言葉をもとに憶測をめぐらせたりすると、十中八九、この人は話のわからない人だという錯覚に陥ってしまいます。相手の言葉をその人の世界観を知る有益な手がかりとして尊重する。これは、コーチングの対話法を学ぶ者にとって、習得が非常に難しいスキルの1つなのです。

ゼインとCEOの対話を振り返ってみましょう。ゼインはどんな言葉を付け加えていますか。それがどんな影響を及ぼしたでしょうか。

相手の言葉に自分の言葉を補足して言い換えると、その人のストーリーを別の方向に誘導する可能性が生じます。その働きをプラスに利用できる場合もありますが、誤解に基づいてストーリーを進めると取り返しのつかないことになります。あなたが、ある言葉の、辞書に載っている一般的な定義を知っていても、話し相手がその言葉を同じ意味で使っているとは限らないのです。

私たちの頭の中には自分なりの辞書があり、例えば「コンテンツ」や「強硬」の私なりの定義と、あなたの定義には大きな差異があるかもしれません。ですから他者の話を聴くときは、その人が使う言葉はその人の世界ではどんな意味を持っているのか、探索する機会を与えられたと考えるとよいのです。あなたの世界での意味を押しつけずに、会話の相手に「あなたが〇〇と言うとき、どんなイメージが目に浮かびますか? あなたにとってはどんな意味ですか?」と尋ねてみましょう。
(コーチ・エィにて抜粋編集)

続きはこちら

変革的コーチング 5つの基本手法と3つの脳内習慣

未来を変えるコーチング

著者: ヘスン・ムーン
発行日: 2023年6月23日
出版元: ディスカヴァー・トゥエンティワン


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